大愚和尚

「わたし」という存在

 「誰かさんが、誰かさんが、誰かさんが」という歌詞で始まる童謡があります。サトウハチロー作詞・中田喜直作曲の「ちいさい秋みつけた」です。作詞家サトウハチローさんは、転居した家の仕事部屋から、庭に植えられたはぜの木が深紅に染まっている様を見て、この詞を書いたといわれています。

 金木犀のほのかな香り、あちこちに落ちたマテバシイやコナラのどんぐり、赤や黄色の紅葉、ジョロウグモが仕掛けた巨大な巣…、10月に入って以降、境内を散策していると、あちらこちらに「小さな秋」がみつかり、そのたびに何だか、楽しくなります。

 さて、気がつけば今年もあと2ヶ月。あきば大祭までは、あと1ヶ月を切りました。今年は年度初めから、新型コロナウイルス感染拡大防止のための緊急事態宣言が断続していたため、例年ならば、お盆明けすぐ取り組まれていたはずの集まりや準備が思うように進みませんでした。その遅れを取り戻すべく、現在、山内僧侶たちを中心として、急ピッチで作業が進められています。

 福厳寺あきば大祭は、火防の神として後代に崇められる修験者、秋葉三尺坊大権現の命日に、その教えを守り継ぐために行われる祭りです。秋葉三尺坊の教えは、「三毒を三徳に変えよ」というものです。貪瞋痴(欲、怒り、無知)の三毒を、恩断智(恩徳、断徳、智徳)の三徳に変えなさい、という教えです。

 人間は誰しも欲があります。その欲の根底にあるのが、「生きたい」という本能です。その本能から自分を大切にします。その自分を、全宇宙の中から、最も重要な存在として、最も高い優先順位をつけて扱われるべき存在として、選りすぐり、親しみを込めて呼んだ名が「わたし」です。

 誰にとっても一番大切なのは、「わたし」。「わたし」が一番かわいい。そのこと自体は問題ではありません。けれども、「わたし」を優先する態度が過ぎれば、他人との衝突を招きやすくなります。他人にとっても、自分が一番かわいいのですから。

 というわけで、「わたし」の過ぎたる要求は、なかなか世間に通りません。そして、「わたし」の要求が通らないと、今度は怒りが湧いてきます。「自分に注目して欲しい」「自分を大切にして欲しい」と、自分を抑えられない人ほど、キレやすくなります。

 当然、そのような振る舞いを続ければ、嫌われてしまいます。なぜそのようになってしまうのかというと、無知だからです。「私たちは、誰しも自分がかわいい。けれども、人間は決して、自分ひとりで生きているわけではない。だから、「わたし」の我欲が過ぎれば、生きづらくなるのは当然」という、考えてみたら当たり前の道理を知らずに、今日もあちこちで衝突をくりかえしてしまうのが、私たちなのです。これが、貪瞋痴(欲、怒り、無知)の三毒に冒された生き方です。

 三毒に冒された生活はストレスだらけです。三毒に気づかない限り、周囲からは、嫌われやすく、孤立しやすく、病気を発症しやすくなってしまうのです。だから三毒の恐ろしさを、自らが熱き炎となって、私たちに知らしめようとしてくださる。その教えを体感する儀式が、福厳寺あきば大祭の「火渡り」です。

 三毒を三徳に変えるとは、貪瞋痴の代わりに、恩徳(慈悲心)と、断徳(怒りを鎮める忍耐力)と、智徳(善く生きるための智恵)を育てること。つまり、秋葉三尺坊の教えとは、お釈迦さまの教えそのものなのです。

 福厳寺は、創建540年以上もの歴史を通して、一度も火事を出したことがありません。その背景には、先人たちが、毎年欠かさず大祭を修行し続けてきたことにありました。

 緊急事態宣言が明けたとは言え、コロナ感染拡大のリスクが無くなったわけではありません。しかし、先が見えないコロナ禍だからこそ、この大祭を修行する意義を知っていただきたいのです。すでに祈祷や祈願旗の申し込み受け付けが始まっており、すでに全国から申し込みが届いております。もちろん、無理をなさる必要はありません。当日参拝がかなわない人のためにも、ご祈祷をした御札をお送りすることもできます。ぜひ各家、年末に向けての大掃除と合わせて、各自の心の三毒を払い、三徳の芽を育てていきましょう。皆さまの健康無事と幸福を心よりお祈りしています。どうぞよき年をお迎えください。合掌

 令和三年 十一月 吉日
     佛心宗 福厳寺住職 大愚 元勝

(佛心宗福厳寺会報『慈光』2021年11月号より抜粋)

ABOUT ME
知哲(ちてつ)
寺町新聞編集長。ナーランダ出版社長。モチモチの大きな手からは想像できない、繊細な表現を得意とする。佛心宗福厳寺の僧侶であり、映像クリエイター。さらに、グラフィックデザイナーとしても佛心宗の各種取り組みに関わる。YouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」では企画運営を担当。好物は里芋の煮っころがし。
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