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人生を変えた、大愚和尚との出会い 佛心の輪インタビュー(3−2日本編) 佛心宗僧侶:雄興知哲(ゆうこう ちてつ)さん

2026 7/02
寺町ニュース ピックアップ 佛心の輪
2026年7月2日

 幼少期から、イラストデやザインなど、さまざまなクリエイティブの才能を発揮してきた知哲和尚。大学卒業後もデザインの勉強を重ね、Web制作の仕事に携わり、東京で生活を送ってこられました。しかし、自身の生き方を見つめ直すため、能登の寺へ戻る決断をします。

 そんな知哲和尚に、人生の大きな転機が訪れます。それは、大愚和尚との出会いでした。今回は、その出会いのきっかけ、そしておふたりがどのような関係を築いていかれたのか、さらに「ナーランダ出版」誕生の秘話について伺っていきます。

雄興知哲インタビュー(パート1)はこちら

目次

この船に乗らないと、大変なことになる!

◾️能登に戻られてからはどうされていたんですか?

知哲:細々とWeb制作の仕事を請け負いつつ、副住職としてお寺をどのように維持していくべきかを模索する日々でした。

 そんなとき、大愚和尚とのご縁があり、和尚が住職をつとめる福厳寺に来ることになりました。それがいまにつながっています。

◾️どういう経緯で大愚和尚と出会われたのですか?

知哲:修行時代の先輩から福厳寺を紹介されたのがきっかけでした。

 その先輩は愛知県の方で、私と大愚和尚の両方の知人なのですが、大愚和尚が福厳寺の補佐をしてくれる僧侶を探していたこと、そして同時に大愚和尚が関わる事業のWEBデザイナーを探していたことを知っていたので、その先輩は、能登に帰ってきて煮え切らない私を見て、声をかけてくださったんです。それがきっかけでした。

 お坊さんはお坊さんで、他にもたくさんいますし、WEBデザイナーだってたくさんいたでしょうけれども、私のように、お坊さんかつWEBデザイナーという存在が、大愚和尚が探していた人材とピッタリだったようです。

◾️うわ〜! ご縁ですね、本当に!!

知哲:そうですね。ご縁ですよね。ただ、実はその話をいただいたとき、私が東京から能登に戻って間もないということもあって、「また遠いところから話が来たな」、というのが正直な気持ちでした。でもこのままでは何も変わらないので、まずは一度話を聞いてみようと思い福厳寺へ行ったのですが…。

◾️大愚和尚とお会いになって、最初の印象はいかがでしたか?

知哲:最初は、先輩とその方のお師匠さん、そして私の3人で福厳寺へ伺いました。メインのお客さんは先輩のお師匠さんで、私はあくまで付き添いという感じでした。

 初めて福厳寺に足を踏み入れたとき、すごく大きなお寺でびっくりしました。山門をくぐると空気が一変して、凛としたたたずまいに、背筋が伸びました。

 初対面の席では、大愚和尚は副住職というお立場で、お茶を出したり、みなさんとお話をされたりしていて、私とはあまり会話をすることはありませんでした。ただその一挙手一投足に鋭さを感じました。

 その日はそれで終わったのですが、その後、しばらくして今度は、私ひとりで訪問し、しっかりお話する機会があったんです。

 その時のことは今でも覚えています。少し一緒に作務をした後、外の石階段に腰を下ろし、二人とも同じ方向を向いて夕方の斜めの光が差し込む境内の様子を眺めながら話しました。

 そのときの、大愚和尚から伺ったお話が、これまで会ったどのお坊さんとも違っていて、表面的なことではなく、言葉の一つ一つに自信が感じられたのと、深い洞察と説得力があって、たいへん感銘を受けたのを覚えています。

 仏教がこれからの時代になぜ必要になるのか、これからの僧侶はどうあるべきなのか。社会とお寺の関わり方や、大愚和尚自身のビジョン、これからの寺院の取り組みなど。

 当時は、「寺町構想」という概念もなかったですし、「佛心宗」も立ち上がっていませんでしたが、今思うとその時にすでに大愚和尚の中にはそのビジョンがあったんだと今にして思います。

 お話全てが衝撃的で、「こんな捉え方があるんだ」と驚きました。

 そして大愚和尚から「ここは君の力が発揮できる場所だから、ぜひ来てほしい」といわれたんです。それがすごくうれしくて、グレーだった将来が、カラフルに色づいていくのを感じました。「これは自分の人生にとって、最大のチャンスかもしれない!」と思いました。

◾️理屈ではなく、直感したものがあったんですね。

知哲:そうです。理屈ではなく直感で、「この船に乗らないと自分の人生、そして石川の寺の未来はない」と察知しました。

 と同時に、「ここにいれば、何か自分の得意を活かして、人のお役に立てるかもしれない」そして祖父に言われた「苦しんでいる人を助けられるお坊さん」に近づけるかもしれないと思いました。

 何より、僧侶として仏道を深めることができるのは、他の会社に勤めていてはできないことなので、その部分もとても大きな後押しとなりました。

 能登に戻って、さっそく父(住職)に伝え相談したのですが、「お前がチャレンジしたいことがあるなら行ってこい。その代わり全力で頑張れ!」と背中を押してくれました。母も「目標が見つかってよかったね」と送り出してくれました。

 今思うと、せっかく東京から帰ってきて、ようやくお寺のことも代変わりできると思っていたのに、また愛知県に行くと言い出した息子を、よくぞ送り出してくださったと、感謝しかないです。

 寺の檀家総代にも、愛知県に行くことを、了解していただき、送り出していただきましたが、これがもし檀家が多く忙しい寺だったら、そうはならないと思います。またもし住職(父)が高齢だったり病気があったり、自分が結婚し妻子がいたりすれば状況は変わっていただろうと思います。そう考えると、色々な条件がたまたまうまく重なったとはいえ、とても有り難いことだったと思います。

◾️なるほど。両親や檀家さんに見送ってもらえたのは、タイミングや状況が良かったからなんですね。

まったくのゼロスタートだった動画制作

◾️福厳寺に入られて、大愚和尚はどのように知哲さんを迎えてくださいましたか?

知哲:大愚和尚から「これからの時代、表現力が重要になってくるので、あなたの感性を存分に発揮して活躍してほしい。」といわれて、ものすごく感激したのを覚えています。

◾️それは本当にクリエイター冥利に尽きますね。

知哲:そうなんです。ただ、そこからがなかなか大変でした。

 最初は大愚和尚の立ち上げた健康事業のひとつ、FMT整体のスタッフとしてホームページやチラシの制作を担当しました。もちろん僧侶として福厳寺にも関わっていましたので、平日はデザイン制作、土日はお寺での修行という日々でした。

◾️知哲さんは動画の撮影にも関わっていらっしゃいますが、どこで学ばれたのですか?

知哲:その頃は誰から学んで良いかもわからず、とりあえず本を買ったりして独学で学びました。 当時は三脚を使って撮影することも含め、機材の知識もほとんどない状態で…。

◾️本当にゼロからのスタートだったんですね。

知哲:はい。編集も見よう見まねで、本当に試行錯誤の連続でした。

◾️YouTubeなどを見て勉強されたのですか?

知哲:いえ、当時はYouTubeもありませんでしたから、全て本を見ながら自分なりの方法を組み立てていきました。

◾️その経験があったからこそ、現在の動画制作スキルがあるんですね。

知哲:そうですね。たくさん失敗しながら学んでいきました。いま振り返ると、あの頃の経験がなければ現在の自分はなかったと思います。

◾️YouTubeの「一問一答」を始められたきっかけについて、教えていただけますか?

知哲:「一問一答」をスタートできたのは、当時YouTubeという動画配信のプラットフォームを知ったのがきっかけです。

 今でこそ当たり前の動画配信ですが、当時はインターネットを使って世界中に誰でも無料で動画を配信できるサービスはなかったので、これはすごい仕組みだと思い、何か活用できないかと考えていました。

 そんな頃から大愚和尚は、さまざまな方から日々人生相談を受けておられて、私はそのことを知っていたので「YouTubeを使えば、大愚和尚のお話を多くの方に届けられるかもしれない」と思ったのと、自分の動画制作の技術を活かしたいと思っていたタイミングだったんです。

 そんなことを大愚和尚に伝えたところ、快く受け入れてくださって「まずは、やってみようか」ということで、スタートしたと記憶しています。

 福厳寺のいいところは、「自分が良いと思ったことは、考えだけでとどめないで、まずやってみよう」という文化があるところです。ですので、スタートに関しては、何の障壁もなく始められるのが素敵なところだと思います。

 そんなこんなでスタートした「大愚和尚の一問一答」ですが、最初はチャンネル名も決まっておらず、ストレートに「一問一答」と命名したのですが、今でもこのシンプルなタイトルを気に入っています。

 最初は個人の悩みや、関係スタッフの悩みを集めて、それに答えていただく形式をとりました。その動画を数本撮影編集して、YouTubeにアップしました。

 その後数ヶ月経ち、何万回という動画の再生数を見て、当時すごくびっくりしたのを覚えています。

 それを大愚和尚に報告し、「これは広がっていく可能性がある」と確信しました。また仏教のお話に興味がある方が、こんなにもいらっしゃるんだということが、僧侶として素直に嬉しかった記憶があります。

◾️なるほど、そのようにしてYouTubeの更新がスタートしたんですね。

知哲:そうです。でも、どうせやるならもっと多くの方にも見てもらえるようにしたいと思いました。そのためには、もっと見せ方を工夫したり、飽きさせない工夫が必要だと思ったんです。

 それで、カメラ2台で撮影をして切り替えり、興味性があるオープニング映像をつくったりと、いわゆる”普通のお坊さんのお説教動画”というイメージから少しずらした見せ方を工夫をしました。そのような積み重ねの成果なのか、登録者はだんだん増えていきました。

当時制作した大愚和尚の紹介動画も、そのようなエッセンスを入れて、只者ではない僧侶像を追求し、大愚和尚の魅力を凝縮して完成させました。

経営とは、仏教の実践

◾️そしてこの活動が、後の「ナーランダ出版」につながっていくんですね。

知哲:そうです。ただ、「ナーランダ出版」がすぐに立ち上がったわけではありません。

 当時、私は大愚和尚の関わる事業グループのスタッフとして、動画制作やホームページ作成、チラシやニュースレターづくりに日々いそしんでいました。同時に、あきば大祭などさまざまな福厳寺の行事にも、お坊さんとして関わっていまして、デザイナーと僧侶の2足の草鞋で日々過ごしておりました。

 そうしているうちに、新たにご縁をいただいた方々からも制作のお仕事を依頼されるようになり、その数もだんだん増えてきました。そして、その様子を見た大愚和尚が「そろそろ独立してみてはどうか」と声をかけてくださったのです。

 常日頃から、「福厳寺のお坊さんは、自分の生きる糧は自分で稼げるようにならないといけない。檀家さんのお布施に甘んじた生活をしてはいけない。」と言われておりましたので、そのような声をかけられて、自分もそういうタイミングかと、身が引き締まったのを覚えています。とても光栄なお話だと感じ、「はい、わかりました」と引き受けました。

ちなみに、大愚和尚もご自身の生活に関わる費用は、ご自身の事業の役員報酬でまかなっておられて、福厳寺の取り組みに関しては、お寺からは一切お給料は発生しておらず、全てボランティアでしておられたので、自分もそうしたいとずっと思っていました。

◾️知哲さんの素直なお人柄が出ているエピソードですよね。

知哲:その後、会社を立ち上げることになるのですが、当時は会社を運営することがどれだけ大変なことか、よくわかっていませんでした。ですがよくわからないからこそ、挑戦できたのかもしれないと、今になって思います。

◾️経営の勉強はされていたのでしょうか?

知哲:いえ、経営の知識はほとんどなくて、いろいろ苦労しました。人を雇うことも初めてで、部下を導いたり、自分の思いを言葉で伝えることも下手でしたし、いろいろなトラブルも経験しました。でも、そのなかで多くのことを学ばせてもらいました。

◾️その経験があったからこそ、いまの「ナーランダ出版」があるんですね。

知哲:そうですね。大愚和尚をはじめ、本当に周りの方々に助けられながら、いまに至っている感じです。

 それに、こうした取り組みを経験することによって、初めて仏教の本当の意味がわかってきたような気がしています。

知哲和尚が作成したあきば大祭のプロモーション動画

◾️具体的にどういうことなのでしょうか?

知哲:仏教とは、結局、人間関係のなかでこそ活きるものであると気づかされたのです。

 会社もそうですし、日常生活もそう。人との関わりのなかで自分がどういうメッセージを発し、どのような態度を取るべきかを考える。それは仏教の実践そのものなんですよね。仏教のお経本に書いてあることが、現実のなかで体感として少しずつわかるようになってきました。

◾️くわしく教えていただけますか。

知哲:たとえば経営についていうと、私のなかでは仏教を実践している感覚があります。

 慈悲心と知恵、仏性というものをどうやって会社運営に活かすか。社員に対して高圧的に接するのではなく、慈悲心を持って伝えることで、相手もきちんと応えてくれることがあるからです。

◾️実践のなかで多くのことを学ばれたのですね。

知哲:そうです。相手に寄り添う部分と、任せて引く部分のバランスが大切なんですね。

スタッフに過度に期待をしたり、執着心を持ってしまうとプロジェクトがうまくいかない。

 仏教では「貪・瞋・痴(とん・じん・ち)」が人間の感情の根本にあるといいますが、それを日々の人間関係のなかで感じることが多いです。

◾️「貪・瞋・痴」ですか。

知哲:はい。たとえば相手が怒っているときでも、その原因が相手の心の寂しさからきているのかもしれないと気づけるようになります。そこに寄り添って言葉をかけると、関係がこじれにくくなったり、相手からも寄り添ってもらえるようになります。

 そうした学びを通じて、どんな人でもよいところがあるのだと、改めて感じます。経営というのは、そういう部分を見つけて伸ばしていくことなんだと思います。

◾️なるほど、それが会社の発展にもつながるのですね。

知哲:そうですね。もちろん、売上に結びつけるのはまた別の難しさがありますが、相手のよいところを見つけてそこをどうやったら伸ばせるかを考えること自体が、仏教の実践そのものなんだと思っています。

お金は循環する、与えることで得られるものがある

◾️お金の使い方については、どう考えていらっしゃいますか? 収入も必要ですが、お金に支配されないためのバランスという点で。

知哲:私の場合、まず「これだけあれば十分だ」という、最低限必要な生活水準を設定します。それを基準に、それ以上に稼いだお金は還元するものとして考えます。

 自分の欲望をふくらませず、最低限の生活で満足するよう心がけると、自ずと安心感が生まれてきます。自分のなかで最低限のラインを決めて、それを超えた部分は誰かのために使うという考えが、安心感を生むのだと思います。

 それに、余剰分は還元するものだと決めていると、不思議と新しい収入につながることがあるんです。

◾️与えることで循環が生まれるんですね。

知哲和尚が作成した、福厳寺550周年動画

知哲:そうです。お金は循環させるものだと思っています。

 上を目指せばいくらでも理想は高くできますが、まずは「最低限ここがあればなんとかなる」という基準をしっかり決めることが大事だと思います。

◾️ただ、たとえば物価が上がったりすると、その基準も変わらざるを得ないのでは。フレキシブルに対応しながら、その水準をキープしていく感じですか?

知哲:そうなりますね。物価が上がれば、いままでの基準もちょっと上げざるを得ない。でも、それでも最低限の基準は守るべきだと思っています。

◾️そうすると無駄遣いも減ってきますよね。

知哲:そうですね。それに、仏教的な生活をしていると、お金を使う機会自体が少なくなるかもしれません。

 私の場合、お酒を飲みませんし、タバコも吸いません。ギャンブルもしないし、健康に関することにも特別お金をかけるわけではないので、結果として自然と倹約的な生活になるんです。必要なものを買うとしたら、せいぜい動画編集用のパソコンやカメラぐらいです。

◾️そうなんですね。身の回りのものにあまり執着しなくなるのも、仏教の教えのひとつなのでしょうか?

知哲:そうかもしれませんね。もちろん欲しいものがまったくなくなるわけではないですよ。でも「あれもこれも欲しい」という感覚は少ないかもしれないですね。自分にとって本当に必要なものが何かを考えるようになりましたから。

◾️こだわるところはこだわるとしても、「これがなければならない」という執着は減っていくということですね。

知哲:そうですね。ただ、食べ物については、ついストレス食いをしてしまうこともありますが(笑)。特にデスクワークが多いと運動不足になりがちなので、気をつけないといけませんね。

 一度は実家へ戻る道を選んだものの、先輩からのご縁で紡がれた大愚和尚との出会い。「この船に乗らないと大変なことになる」と福厳寺へ歩みを進めたお話には、人生の転機の不思議さを感じました。

 まったくのゼロから挑んだ動画制作の日々。手探りのなかで積み上げた経験は、やがてYouTubeの「一問一答」シリーズという大きな実りを生み出しました。それはさらに、人との関わりを仏教の実践として捉え、歩み続ける現在へとつながっています。

 日々のなかで慈悲と知恵と仏性を磨きながら、温かくも力強い一歩を積み重ねてこられた知哲和尚。次回は、知哲和尚のご家族のこと、そしてこれまで培ってきた経験を、今後どのように未来へとつないでいくのかについて伺っていきます。どうぞお楽しみに。

(取材:エンジェル恵津子)

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エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

アメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。音楽以外にも折り紙を用いたセラピーも好評。厳しい環境の中でも、慈悲深く知恵ある人を目指しています。
歌、折り紙、スヌーピーと和スイーツが大好き。

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