この記事は、大愚和尚の幼少期から佛心宗誕生にいたる半生を、物語風にお届けするシリーズです。大愚和尚の歩みは、私たちにとっても大切な学びにあふれています。
(※本連載は、事実を基に当時の心情や情景を、生き生きと再現したストーリー形式でお届けします。細部の演出を含め、ぜひ映画を見るような感覚でお楽しみください)
大の苦手と得意な教科
「答案用紙、うしろまでいったかー?よーし、それじゃ今から50分、はじめるぞー」。
高校1年の学期末テスト、数学。静まり返った教室に、鉛筆の音が響きわたります。
カッカカッ、カカカカッ・・・。
そうした中、ひとり元勝青年の手元は、ぴたりと止まったまま、動かなくなってしまいました。「なにこれ。問1から、もう分からないんだけど」。
元勝青年は、かつて小学校の“算数”だった頃までは、クラスの平均くらいの成績でした。それが中学校で“数学”になり、方程式や関数が出て来る頃から歯が立たず、赤点ばかりになってしまったのです。
反対に英語は大得意で、ほとんど勉強らしいことをせず、テストでは上位の点数を取り続けました。
その背景には一見何の関係も無さそうな、僧侶の経験が大きく活かされていたのでした。
厳つい漢字と可愛いアルファベット
元勝青年は幼少から僧侶として、山ほどのお経を覚えなければなりませんでした。
お経本を開くと、意味の分からない難しい漢字がびっしりと並び、語呂合わせや覚え歌といった、暗記のコツもありません。
しかし「覚えられません」という言い訳は、許されませんでした。住職からは「出来るか出来ないかではない、やるのだ。自然と口から出て来るまで、何万回でもくり返せ!」と言われます。
このような中、かつて初めて英語の教科書を開いたとき、元勝青年は思いました。「え、これだけ?」。
ページにはコミカルなイラストとともに『Nice to meet you』『Hi my name is Mike』といった英文が、2~3個載っているだけです。
さすがに後半になると文章量は増えますが、それでもお経本のボリュームに比べれば、わずかでした。
しかもアルファベットは26文字しかなく、丸っこくて可愛いらしく見えます。角ばって厳めしいイメージの漢字に比べ、親しみを感じます。
「これは、もうボーナス教科みたいなもんだな」。思わず嬉しくなり、誰に言われたわけでもなく、教科書の英文をたちまち暗記してしまったのでした。

新たな世界へ旅立つために
元勝青年にとって英語は、成績のためだけではなく、身に着ける大きなモチベーションがありました。
いつか福厳寺、そして小さな箱庭のように思える小牧の町から、出て行く切っかけにしたかったからです。
学校では周りから“お坊さんキャラ”の枠にハメられ、実際に僧侶なので間違ってはいないのですが、それが嫌だったことへの反発もありました。
例えばある道路で、ささっと赤信号をわたった時のことです。「あー。あいつお坊さんなのに、信号無視したー!」と、周りから指をさされました。
他の同級生は同じことをやっても、何も言われません。似たようなケースは山ほどあり、いつも「何で、自分だけ」という、悶々とした思いが沸いていました。
そんなある日、福厳寺に仏教への興味を抱く、数人の欧米人が訪ねて来ました。境内では英会話が飛び交い、その横を元勝青年が通りかかると、1人の長身の女性と目が合います。
彼女はパチっとウインクをして、「ハロー、ボーイ!コンニチハ」と挨拶をしてくれました。その瞬間、元勝青年の心はときめきます。
「うわーキレイ、カッコいい!」。胸の高鳴りとともに、「英会話ができれば、いつかあの人たちの国に、行けるかも」と考えたのでした。
より英語の学習に気合が入り、いつも授業でやっている内容は知り尽くしていたので、その間ひたすら英和辞典をめくり続けていました。
そして単語の意味だけでなく、その下にある例文を「ふむふむ、こうも使えるのか」といった具合に、どんどん頭に入れて行きます。
毎回テストも満点に近いので、担任の先生は言いました。「これだけ勉強できるんだ。数学だってその気になれば、伸びるんじゃないか?」。
元勝青年は「そうかなあ・・そうかも」と考え、家に帰って数学の問題集を開いてみました。ところが数式を眺めていると、何故か思考が固まってしまいます。
「サイン、コサイン、タンジェント・・」。英語と同じはずの横文字も、眠りに誘う呪文に感じられ、気付けば机の上に突っ伏しているのでした。
Let’s start the English class!
ある日、元勝青年は住職から「将来のことで、大事な話がある」と言われました。
「うちはお寺で、見ての通り広い土地や、大きな建物がある。しかし、これは私の財産ではなく、皆のものだ。お前に遺してやれる資産はない」。
「はい・・」
「つまり自分で稼ぎ、食べて行く術を、得なければならないということだ。そのために、これだけは誰にも負けないというものを作りなさい」。
元勝青年にとっては、いつか実家を出て行きたかったので、いずれにしても必要な話に思えました。そうは言っても高校生の身で、すぐに稼ぐ方法は見つけられません。
そんなある日、法事で福厳寺を訪れた主婦から、こう言われました。
「うちの息子、英語がやたら苦手で。元勝君は、すごく出来ると聞いたわ。良かったら時々、教えてやって貰えないかしら?」。
近所の人だったこともあり、元勝青年は「ええ、僕でよければ」と応じました。
すると、とても上手い具合に教えられ、主婦から「あれから、英語の点数がみるみる伸びたの、本当にありがとう。元勝君、先生の才能あるわよ」と感謝されました。
元勝青年は「これだ!」と閃きます。しばらくすると、住職の元へ行き、こう申し出ました。
「僕は英語が得意だと、自負しています。そこで苦手な生徒に教えられると考え、英語の教室を開きたいと思います。つきましては、お寺の部屋や設備を、使わせていただけないでしょうか」。
住職は言いました。「ふむ。それは良い試みだ。皆の役に立てるように、しっかりやりなさい」。
それから元勝青年はあれこれと必要な物をそろえ、カリキュラムや月謝の金額なども考え、準備を整えました。
「ようし。それじゃあ、いよいよ。レッツ・スタート・ザ・イングリッシュクラス!」。
生徒たちを集めるためには
教室を開いても、肝心の生徒がいなければ始まりません。元勝青年はわら半紙に宣伝の文章を印刷し、ひたすら近隣に配って回りました。
ところが、一生懸命にまき続けても、1人の申し込みもありません。「うう、何でだろう。やっぱり高校生が教師じゃ、信用されないのかな」。
元勝青年は悩みつつも、諦めずにチラシ配りを続けました。そんなある日の午後、住宅街を回っていると、庭にたくさんの洗濯物を干している一軒家がありました。
空は青く晴れわたり、真っ白なシーツが陽の光を反射しています。思わず眩しくて、目を細めました。別の物干し竿には、学校の体操着や大人用のワイシャツなど、家族の衣服が風を受けて、はためいています。
その光景を見た瞬間、元勝青年はハッと気付きました。「あ、ああ!そうだ。子供がいる家に宣伝しないと、意味がない」。
分れば当然の理屈ながら、今までは限りあるチラシを、どの家にも配っていたのでした。それから元勝青年は、家先に停めてある自転車や、ベランダの洗濯物を見て、子供がいそうな家庭に絞ってポスティングしました。
また知り合いのツテを辿って呼びかけるなど、やり方に工夫を重ねていきました。
集まるヤンチャな少年少女
小牧市のとある団地の入り口で、主婦たちが井戸端会議を開いています。
「やっぱり、お宅のポストにも入ってましたかー。福厳寺って言えば、あそこの・・」
「お寺で英語教室なんて、初耳ねえ。教えるのは住職の息子さんらしいけど、たしかまだ高校生じゃない。ちゃんと先生できるのかしら」
「そうねえ。でも禅寺なら礼儀とかマナーも、厳しそうじゃない。“喝!ちゃんと話を聞かんか!”みたいな感じで」
「あはは、そうかも。最近うちの息子、全然言うこと聞かなくて。躾けてくれるなら、悪くないかもしれないわねえ」
こうして英語の成績だけでなく、思わぬ部分に期待が寄せられ、噂は広まっていきました。
そして次第に生徒が集まるも、わんぱくな性格の子ばかりでした。普通であれば、大人しく勉強させるだけでも一苦労です。
ただ元勝青年は自身がヤンチャだったので、接し方がよく分かっており、上手い具合に場をまとめることができました。
成功体験からのカリキュラム
元勝青年は考えました。「英語教室は週に1度の数時間。その間で教えられるボリュームは、たかが知れている。それよりも皆が自分で、勉強が捗る方法を伝えた方がいい」。
そこで思い浮かべたのが、自分が授業中にひたすら読み込んだ、英和辞典です。
「よーし、今から1分間。いくつの単語を引けるか。・・スタート!」。元勝青年は生徒たちの前で、ストップウォッチを片手に合図を送ります。
シュシュッ。パラッ、パラララ。
静かな部屋に、大勢がページをめくる音が響きます。この英和辞書の“早引きタイムトライアル”を、ゲーム感覚で何度も行いました。

最初はたどたどしかった生徒も、くり返す内に身体へ染み付きます。やがて別の本を見ながらでも、片手だけで辞書をパパッとめくり、単語を引き当てるまでになりました。
シンプルながら、この方法は英語へのハードルを無くし、自ら勉強を進めるために効果抜群でした。英語が苦手な生徒は、分からない単語や表現が連続すると、調べるのが億劫で、やる気を無くしてしまいがちです。
その横でタイムトライアルをくり返した生徒は、気づけば辞書をめくることが、習慣になっていました。
皆、みるみる英語の成績が伸び、親御さんから感謝の言葉も届くようになります。英語教室は評判になり、生徒はさらに増えていきました。
そして、気づけば高校時代の後半、元勝青年の貯金は100万円を超えていたのでした。思わず心躍るような気持ちになり、自信も深まりました。
「やった、やった。この資金さえあれば、どこでも暮らして行けるんじゃないだろうか」。
この成功は実際に、後に海外へと旅立つ、大きなきっかけになりました。しかし、それが命がけの冒険につながるとは、この時は夢にも思いませんでした。
≫第6話に続く
※イラスト:和田幸子
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大愚和尚の半生を描く物語、次回の配信もどうぞお楽しみに。
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