➤逆境のエンジェルとは
アメリカで暮らす筆者が、いじめ、身体障がい、音楽への情熱、異文化での生活、人種差別、仏教との出合いを通じて成長していく物語。個人的な体験を超え、社会の不平等や共生の課題にも鋭く斬り込み、逆境のなかで希望を見出す力を描きます。
➤前回のあらすじ
ほめることも寄り添うことも大事ではあるけれど、本当に育みたいのは評価に依存する心ではなく、失敗しても再び立ち上がれる力なのではないか。その考え方について、研究結果と筆者独自の見解を語っています。(第66話『褒め方と自己肯定感』はこちらからご覧ください)。
思い込みが生んだ大騒動
自分の思い込みで、あとから「なんて恥ずかしいことをしてしまったんだろう」と赤面した経験はありませんか。
きっと、多かれ少なかれ誰にでもあるのではないでしょうか。
今回は、先日の日本帰省中に私が体験した、いまでは家族や友人との笑い話になった出来事をご紹介したいと思います。
実は今回、生まれてはじめて日本で救急車に乗りました。
理由は、右足の親指の激しい痛みです。
「まむしに噛まれた!」
その日は母の家を出発する朝でした。外は霧雨が降り、暑くも寒くもない過ごしやすい天気。
荷物を車へ運ぼうと、裏口へ移動させた靴に何気なく右足を入れた、その瞬間でした。
「痛っ!!」
思わず声が出るほどの激痛が親指に走りました。
焼け火箸を押し当てられたような、ジンジンと焼けるような痛みです。あわてて靴を脱ぐと、親指がすこし赤くなっています。
「何が入っていたんだろう」
そう思いながら靴を持ち上げた、その瞬間。細長いなにかが、にょろっと素早く軒下へ逃げ込むのが見えました。
その姿を見た私は、一瞬で結論を出しました。
「まむしだ!」
頭のなかでは、
「毒が回る」「救急車を呼ばなければ、命に関わるかもしれない」
そんな最悪のシナリオが、あっという間にできあがっていました。

母の言葉に…
足を引きずりながら居間へ戻ると、何も知らない母がのんびり一言。
「荷物、積み終わったの?」
耳の遠い母に筆談で事情を説明すると、ようやく状況を理解した母は、
「まむしなんて、いるわけないじゃない!」
と叫びます。
実は母も私も、爬虫類(はちゅうるい)が大の苦手。
私は、「恐怖のあまり現実を受け入れられないんだな」と勝手に思っていました。
ところが母は続けます。
「まむしじゃなくて、ミミズよ!」
……。
お母さん。
ミミズは人を噛みません。
絶望的な気分になり、言い返す余裕もなく、私は救急車を呼びました。
真相は救急車のなかで
救急隊員のみなさんはすぐに駆けつけてくださり、私は救急車へ。
「吐き気はありますか」
「息苦しさはありませんか」
「どれくらいの大きさでしたか」
私は真剣そのものに、状況を訴えました。
田舎ということもあり、早朝にあいている救急病院までは車で約30分。
その間も、
「毒が回ったらどうしよう」
そんなことばかり考えていました。
一方で、自宅には高齢の母が残っています。
心配をかけているだろうと思い、私は母を担当してくださっているケアマネージャーさんへ電話をしました。
事情を説明すると、返ってきたのは実にあっさりした一言でした。
「それ、まむしじゃなくてムカデですよ」
「この時期、このへんの家には結構います」
……。
え?
ムカデ?
まむしじゃなくて?
ムカデ!?
頭の中では、
「まむし……ムカデ……まむし……ムカデ……」
という言葉だけが、ぐるぐる回り始めました。

穴があったら入りたい
真実を知った瞬間、一気に恥ずかしさが込み上げてきました。
「いますぐ家へ戻してください」
そう言いたくなりましたが、救急車はタクシーではありません。そのまま病院へ搬送されました。
到着すると、多くの医療スタッフのみなさんが真剣に対応してくださいました。
そのなかで、おふたりほど。マスクの下で肩を震わせ、笑いをこらえている様子が伝わってきます。
……そうですよね。
ムカデに刺されて救急車。しかも、運ばれた当人は元気いっぱいです(苦笑)。
私でも笑います。
幸い処置だけで済み、その日のうちに帰宅することができました。
いまでは笑い話ですが、あのときは本当に穴があったら入りたい気持ちでした。

本当に怖かったのは「ムカデ」ではなく「無知」
この出来事を振り返ると、私が恐れていたのは、ムカデではありませんでした。
「まむしに違いない」
そう思い込んでしまった自分の心です。
私は、「細長いものが逃げた」という情報だけで結論を出し、自分の頭のなかで物語をつくり上げ、その物語に振り回されていました。
この出来事を通して思い出したのが、以前、大愚和尚がお話しされていた「無知」についてです。
コロナ禍の頃、大愚和尚は、感染症が人にうつることを知っていながらマスクをしない人と、その事実を知らずにマスクをしない人の例を挙げられました。
多くの人は、「知っていてしない人」の方が悪いと思うでしょう。
しかし、本当に恐ろしいのは、知らずに行動している人なのだとおっしゃいます。
知っている人は、自分で判断し、自らの責任で選択できます。
しかし、知らない人は、自分が周囲にどれほどの影響を与えているかさえ、わからないまま行動してしまうことがあります。
だからこそ、仏教では「無知」を、人を苦しめる根本のひとつと説くのです。

「正見」という教え
では、私たちはどうすれば思い込みから離れることができるのでしょうか。
仏教には「正見(しょうけん)」という教えがあります。
「正しく見る」と書く正見とは、自分の思い込みや恐れ、先入観という色眼鏡をはずし、物事をありのままに見ることです。
今回の私は、ほんのわずかな情報だけで、「まむしに違いない」と決めつけました。それは、実は写真でしかまむしもムカデも見た記憶がないこと。環境に慣れていないことも原因でした。
それゆえ、実際にはムカデだったにもかかわらず、自分の頭のなかで最悪のストーリーを完成させ、その世界に自ら飲み込まれていたのです。
振り返ってみると、これは私たちの日常にもよくあることではないでしょうか。
「あの人はきっと私を嫌っている」
「きっとこうに違いない」
「この人はこういう人だ」
そう思い込んでしまうことは、誰にでもあります。
しかし、それは本当に事実なのでしょうか。
私たちは現実を見ているようで、実は「自分が見たい現実」を見ているだけなのかもしれません。
だからこそ、何かを判断するときには、一度立ち止まって自分に問いかけてみる。
「これは本当に事実だろうか。」
その問いを持つことこそ、「正見」への第一歩なのではないでしょうか。
あの日、私を噛んだのはムカデでした。
けれど、本当に私を苦しめていたのは、ムカデではなく、「思い込み」という心の働きだったのだと、いまでは思っています。
人生で私たちを苦しめるものは、出来事そのものではなく、その出来事をどう見ているかという「心の見方」なのかもしれません。
次回の投稿は、毎年この乾季の時期に訪れる、招かれざるわが家のお客さま。そんな彼らとの関係と、それによって新たにハマった著者の趣味(!?)についてお話しします。8月17日(月)夜7時を予定しています。

【コラム】 ムカデに刺されたら
ムカデに刺された場合、多くは激しい痛みや腫れが生じますが、適切な処置をすれば、しばらく後に治ります。
ただし、まれにアナフィラキシー(重いアレルギー反応)を起こすことがあります。特に、一度ムカデに刺されたことがある人は注意が必要です。
応急処置
・傷口を石けんと流水でよく洗い流す。
・43~45℃程度のやけどしない熱さのお湯を患部に当てる(温水シャワーでも可)。
・痛みや腫れが強い場合は、早めに医療機関を受診する。
次のような症状がある場合は、直ちに救急車を呼ぶなど、速やかに救急医療を受けてください。
・息苦しさ、呼吸困難
・全身にじんましんが広がる
・めまい、意識が遠のく
・のどや舌、唇の腫れ
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