「寺町の素朴な疑問箱」は、仏教やお寺、仏事について、今さら人には聞きにくい素朴な疑問にお答えする連載です。難しい言葉はできるだけ使わず、作法の奥にある意味や心を、寺町新聞編集部がやさしくひも解いていきます。
第2回目は、「なぜ人は、亡くなった人に手を合わせるのでしょうか?」について紐解いていきます。
手を合わせるのは、亡き人との関係を結び直すため
お葬式で遺影を前にしたとき。
お墓参りで、名前の刻まれた墓石を見つめたとき。
ふと、亡くなった人を思い出したとき。
誰かに教えられなくても、自然に両手を合わせたくなることがあります。
先に結論をお伝えすると、亡くなった人に手を合わせるのは、何かをお願いするためだけではありません。
「ありがとう」
「どうか安らかに」
「私は元気にしています」
「もっと話したかった」
そんな、言葉にならない思いを静かに届けるためです。
そしてもう一つ、自分が多くの命やご縁に支えられて生きていることを確かめるためでもあります。
「合掌」は、敬う心を形にしたもの
両手のひらを胸の前で合わせることを、仏教では「合掌」といいます。
合掌は、もともとインドで相手への敬意を表す礼法として行われ、仏教とともに日本へ伝わりました。現在も、仏様への礼拝や僧侶同士の挨拶などに用いられています。
つまり、手を合わせる行為の根にあるのは、「恐れ」ではなく「敬い」です。
亡くなった人に対しても、
「あなたの命を粗末にしません」
「あなたと過ごした時間を忘れません」
という心を、身体で表しているのです。
手を合わせるとき、私たちは自分の心にも向き合っている
亡くなった人は、もう以前のように返事をしてはくれません。
だからこそ、手を合わせて静かになると、自分の心の奥にしまっていた思いが浮かび上がってきます。
生前には言えなかった感謝。
仲直りできなかった後悔。
教えてもらったこと。
何気なく交わした言葉。
手を合わせることは、亡き人に思いを向けると同時に、残された自分の心を見つめる時間でもあります。
ほんの数秒でも両手を合わせると、忙しく動き続けていた心が、すっと立ち止まることがあります。
合掌とは、亡き人のためだけではなく、今を生きる私たちのためにもあるのでしょう。

手を合わせれば、思いは届くのでしょうか?
「手を合わせても、亡くなった人には届かないのでは」
そう思う人もいるかもしれません。
思いがどのような形で亡き人に届くのかは、目で確かめることができません。また、死後についての考え方も、宗派や信仰によって異なります。
けれども、手を合わせたことによって、私たちの生き方が変わることはあります。
亡き父の言葉を思い出し、もう一度頑張ってみる。
亡き母が喜んでくれたように、誰かへ優しくする。
ご先祖様から受け継いだ命を、粗末にしないと誓う。
亡き人への感謝が、今を生きる人への行動に変わったなら、その人の命は、私たちの中で生き続けているともいえるのではないでしょうか。
仏壇やお墓がなくても、手を合わせてよいのです
手を合わせる場所は、仏壇やお墓の前だけではありません。
遺影の前でも、思い出の場所でも、旅先でも、自宅の片隅でもかまいません。遠方でお墓参りに行けないときは、亡き人を思い浮かべ、その方角へ静かに手を合わせることもできます。
大切なのは、「正式な場所にいなければ供養にならない」と自分を責めないことです。
数珠やお線香が手元になくても、心を向けることはできます。
また、けがや病気などで両手を合わせることが難しい場合は、頭を下げる、目を閉じる、心の中で呼びかけるだけでもよいでしょう。
形は、心を表すためにあります。
形が整わないからといって、思いまで失われるわけではありません。
宗派によって、作法や受け止め方は異なります
一般的な合掌は、両手の指をそろえ、手のひらを胸の前で静かに合わせます。
ただし、数珠の持ち方、唱える言葉、礼拝の仕方、亡くなった人や仏様への向き合い方には、宗派による違いがありますが、合掌して頭を下げる「合掌低頭」が、仏様や周囲の人へ敬意を表す作法として示されています。
法事や葬儀では、その家の宗派や寺院の案内に従うのが安心です。
しかし、回数や角度を間違えたからといって、亡き人を大切に思う気持ちまで否定されるものではありません。
作法は大切です。
けれども、作法を間違えないことばかりに気を取られ、肝心の亡き人を思う心を忘れてしまっては、少し本末転倒です。
合わせた手の中にあるもの
右手と左手。
普段は別々に働いている二つの手を合わせると、私たちは何も持つことができなくなります。
スマートフォンも、仕事の道具も、欲しいものも、握ったままでは合掌できません。
手にしていたものをいったん置き、亡き人へ心を向ける。
そこにあるのは、死への恐れだけではありません。
受け取った命への感謝と、今ある時間をどう生きるかという問いです。
もし、亡くなった大切な人を思い出すことがあったなら、決まった日でなくてもかまいません。
少しだけ立ち止まり、静かに手を合わせてみてください。
その合掌は、亡き人に向けた「ありがとう」であると同時に、今日を生きる自分への「大切に生きよう」という呼びかけになるのかもしれません。


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