この記事は、大愚和尚の幼少期から佛心宗誕生にいたる半生を、物語風にお届けするシリーズです。大愚和尚の歩みは、私たちにとっても大切な学びにあふれています。
(※本連載は、事実を基に当時の心情や情景を、生き生きと再現したストーリー形式でお届けします。細部の演出を含め、ぜひ映画を見るような感覚でお楽しみください)
教室で飛び交う未来の話
元勝青年、高校3年生の5月。教室では生徒たちに進路希望や、将来の夢を記入するプリントが、配られていました。
「オレはやっぱり、親父の会社を継いで」「スポーツ推薦で大学へ入って、ゆくゆくはプロを目指して・・」。
同級生たちがいろいろな話を交わす中、元勝青年は自分の席で一人、悶々としていました。キラキラとした夢や具体的な目標はなく、反対に“なりたくないもの”だけはハッキリしており、それは僧侶でした。
ところが、同級生も先生も「まあ、元勝は実家がお寺だからな」「仏教系の大学に、進むんだろう」と見なしており、「将来は、どうするの?」という話題さえ、振ってきません。
世間が勝手に僧侶の道へレールを敷き、それに乗せられているようで、嫌でした。ちなみに英語教室は大成功を収めていましたが、では塾や学校の教師になりたいのかと言えば、違う気がしたのです。
しかしプリントには何かしらを書いて、あとで提出しなければなりません。そうした中、たまたま福厳寺を訪れた参拝者と、将来の話をする機会がありました。その中で「じつは、僧侶にはなりたくないんです」と打ち明けました。
すると「なるほど。でも今すぐに全部を決めなくても、いいんじゃないですか。せっかくお寺で育ったのであれば、とりあえずは仏教をちゃんと学んでみたら、どうでしょう。それで、やっぱり違うと思えば、離れればいいと思いますよ」とアドバイスされました。
元勝青年は、完全には腹落ちしないものの「そうなのかな…… そうかも」と思いました。そしてプリントには『K大学の仏教学部に、進学希望』と記したのでした。
なお元勝青年の場合、学費や生活費は実家で出してもらえるものの、受験の費用は自己負担する約束がありました。そのため、いくつも大学を受けると、それだけ英語教室で貯めた資金が減ってしまいます。
それは避けたいと感じ、最終的にはK大学のみ、一本勝負で受験することに決めたのでした。
人生の列車は、どこへ向かう?
「試験、思ったよりもできたな。あれなら多分、合格ラインだ。4月から、大学生か・・」。

さらに卒業後の自分を、イメージしてみました。「あれ、よく考えてみると…… 大学にまで通わせて貰って、やっぱり僧侶にはなりません…… なんて。そんな主張が通るだろうか。いや…… いやいや、無理がある、さすがに」。
表向きは、まだ僧侶になるかどうか、最終の選択をする必要はありません。しかしK大学に通えば、実際は決定的になる気がしたのです。
元勝青年は、東京の街中で見た風景を思い出しました。当時の日本は、いわゆるバブル景気の絶頂期でした。
流行のブランド品を身に着けた人々や、楽しそうにウィンドウショッピングするカップルなど、どこもかしこもキラキラした世界に見えます。
そんな華やかさとは無縁に「ぼくは地方のお寺で、よく分からない古いしきたりに、縛られる人生になるのか」と思いました。「嫌だ、それは・・すごく嫌だな」。反発の感情が、ふつふつと湧いてきます。
ふと、車掌のアナウンスが聞こえました。「今日も、東海道新幹線をご利用いただき、ありがとうございます。停車駅のご案内をいたします。新横浜を出ますと、次は・・」。
その瞬間、このまま名古屋で下車して家に帰れば、人生のレールが確定する気がしました。車掌の案内が「この列車は“僧侶の人生”行きで、ございます」とでも、告げているように聞こえたのでした。
あふれ出す、積もりに積もった反発心
新幹線の車内で、元勝青年の感情は大きく波立っていました。心の堤防には荒波が押し寄せ、今にも決壊しそうな勢いでした。
ふと、小学生時代の光景が思い浮かびました。優しそうな女性の先生が、生徒たちに聞いています。「みんな、大きくなったら、何になりたいかなー?」。
「私は、飛行機の、スチュワーデスさんになりたいです!」
「あら、いいわねえ。〇〇ちゃん美人さんだし、とっても素敵な感じになりそう」。
「オレは、野球選手になって。それから中日ドラゴンズに入って、優勝させたいです!」
「うんうん、これから頑張って練習を続けたら、きっとなれるわ」。
そして先生は元勝“少年”の前に来ると、言いました。
「元勝君はやっぱり、お坊さんになるのかな?いっぱい勉強して、立派なお坊さんになってね」。
それに対して、口には出さないものの、内心はこう思いました。
「なんで、まだ何も言ってないのに。勝手に、勝手に決めないでよ」。
それから次に、中学生時代のことが思い浮かびました。クラスのいじめっ子たちに囲まれ、“お坊さんキャラ”をネタにされている自分がいます。
「神さま、仏さま、元勝さまー。ありがたやー、ありがたやー」
「ふふっ、ははは!」
「あーナンマンダブ、ナンマンダブー。おい、祈ったんだからオレたちの願い、叶えてもらえるよなあ」。
元勝少年は内心はものすごく嫌でしたが、その場のノリに合わせています。照れ笑いのような表情を浮かべ、合掌のポーズをしていました。
意識が新幹線に戻ったとき、何だか、猛烈に腹が立ってきました。とくに中学時代、いじめっ子がどうこうよりも、強く拒否できずに流されている、情けない自分が許せませんでした。
「違う・・違う、違う、違う。こんな自分は、本当の自分じゃない!誰にも、勝手に人生を決められてたまるか!!今はもう、お金だってあるし、何だってできる。行きたい所に、どこへだって行けるんだ!!」。
その瞬間、心の中で何かが、ブツッと切れた気がしました。
元勝青年は新幹線を降りると、本屋へ直行しました。
「まったく違う世界へ行こう。誰も自分を知らない世界へ。自由で楽しい所へ」。
海外旅行コーナーへ行くと、さまざまな国名が並ぶ本棚を凝視。やがて意を決したように、1冊を手に取って買いました。
それから銀行に行って資金を下ろし、誰にも何も告げず、オーストラリアへと旅立ったのでした。

初めての世界への旅立ち
元勝青年は飛行機の中で、初の海外行きに、気分を高揚させていました。背後から、キャビンアテンダントの呼びかけが聞こえます。
「エクスキューズミー。ビーフ、オア、チキン?」
「あ、えっと・・チキン、プリーズ。センキュー」。
両手で機内食を受け取り、座席のテーブルへ。ちょっとしたやり取りも、何だか新鮮に感じます。
「へええ、この袋にフォークが入っているのか。狭いから、落とさないように、工夫しないと」。ワクワクしながら機内食のパックのフタを、ペリペリとはがしました。
元勝青年の乗った飛行機は、オーストラリア北東の都市、ケアンズに向かっていました。そこから大陸を縦断するように南下し、海を渡ってタスマニア島を目指す旅を考えたのでした。
当時、日本では『タスマニア物語』という映画が、話題になっており、元勝青年も見たことがありました。
作中では家出少年が登場し、少年たちが冒険を通じて成長するというストーリーに、シンパシーを感じました。またタスマニアの雄大な自然に惹かれ、旅の目的地にしたのです。
なお道中は細かい計画を立てたわけではなく、どう行くかはその時次第で考える、アバウトな予定でした。ただオーストラリアの総面積は、日本の約20倍あります。縦断すると何千キロという単位になり、初の海外でいきなり壮大な旅に、挑戦したのでした。
連続するカルチャーショック
「ネクスト!」
ケアンズ空港にて、入国審査に並んでいた元勝青年は、係員から合図され歩を進めました。
「どのような目的で、オーストラリアへ来ましたか?」
女性の審査官が、パラパラとパスポートをめくった後、英語で訊ねてきました。
元勝青年は、少し迷いつつ「えーと、観光…… いや、自分探しの旅です」と答えました。
すると審査官は微笑み「ワーオ、グレート!グッドラック、ボーイ!」。そう言って、入国スタンプをドン!と押してくれました。
とつぜんのフレンドリーさに、元勝青年は驚きました。「日本では、手続きの人はみんな、淡々とやっていたのに。お国柄かな」。
こうして正式にオーストラリア入りした、元勝青年。まずは空港の両替所に行きます。そして日本円を差し出し、戻ってきたオーストラリアドルを見て、また驚きました。
どれも緑や黄色や赤など、やけにカラフルなお札です。「え、キレイだけど、何かオモチャみたいだな。ちゃんと使える・・よね?」。

それから、お腹が空いたので近くのレストランに入り、オージー・ビーフのステーキを頼んでみました。すると業務用のお肉かと見紛うような、ぶ厚いステーキが出され、目を丸くしました。
巨大な白いプレートにステーキと、山のようなマッシュポテトまで、盛られています。「え、これ本当に1人分?食べきれるだろうか」と心配しましたが、お肉は思ったよりも柔らかく、何より美味しかったため、すべて平らげてしまいました。
レストランの店長らしき、エプロンを着けたおじさんに「すごく美味しかったです、ご馳走さまでした」と告げると「そりゃあ良かった。オーストラリアはいい所だぜ、思いきり楽しんでくれよな」と、返してくれました。
オーストラリアへ着くなり、カルチャーショックの連続。元勝青年は「ああ、本当に遠い遠い、異国に来たんだなあ。でも、いい人ばっかりだし、来てよかった」と、しみじみ実感するのでした。
最高の絶景と一抹の罪悪感
元勝青年が旅に出た2月は、季節が日本と真逆のオーストラリアは夏でした。そしてケアンズは熱帯の気候で、周辺には広大なジャングルや、綺麗な海に広がる世界遺産のサンゴ礁“グレートバリアリーフ”がある、リゾート都市でした。
元勝青年はせっかくの機会だと思い、有名なスポットを巡ってみました。青空の下でブルーに輝く海に行くと、ビーチではサングラスをかけた水着の男女や、マリンスポーツの道具を持った集団など、大勢の人の姿がありました。
海岸沿いの道路わきでは、真っ赤なオープンカーが止まり、座席では軽快な音楽をかけながら、カップルがくつろいでいます。
何もかもが底抜けに明るく、開放的な雰囲気でした。元勝青年はこの美しい景色を、うっとりと眺めていましたが、ふと日本のことが頭をよぎり、何となく心がチクっとしました。
一方その頃、誰にも告げずに飛び出したため、小牧市の実家では「元勝が、失踪した!」と大騒ぎになっていました。K大学に問い合わせると、試験を受けに来たことは間違いなく、帰り道に何かがあったのだと推測されました。
事件の可能性も考えられ、警察に行方不明の捜索願いが出され、てんやわんやになっている事実を、当時の元勝青年は知るよしもありませんでした。
≫第7話に続く
※イラスト:和田幸子
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大愚和尚の半生を描く物語、次回の配信もどうぞお楽しみに。
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