➤逆境のエンジェルとは
アメリカで暮らす筆者が、異文化のなかで感じる違和感、人とのすれ違い、老いや心の揺れ、ときには自分自身の失敗を通して、「人はどうすれば、思い通りにならない人生をよりよく生きられるのか」を考えます。仏教の教えも交えながら、日常のなかにそのヒントを探す連載です。
➤前回のあらすじ
いよいよアメリカでの生活がスタート。ここで私が勤務することとなった州立司法精神科病院がどういうものか、そしてそこで出会った忘れがたい受刑者のことを語っています。(第9話『アメリカの司法州立病院とは?音楽療法士として出会った一人の女性』はこちらからご覧ください)
衝撃的なアメリカの「Big」
アメリカに来てまず目を引いたのは、あらゆるもののスケールの大きさでした。
この広大な国では、スーパーマーケットの棚に並ぶ牛乳パックひとつを取っても、日本で見慣れたサイズの約2倍。この驚異の大きさがアメリカの標準なのです。
街を走る車も、小型のセダンより、どっしりとしたピックアップトラックやSUV(スポーツ用途の多目的車)が主流。
人々の体格も日本人と比べて格段に大きく見え、圧倒されました。
アメリカの豊かさは、量の多さでも現れます。レストランで出される一皿は、日本のそれの2倍から3倍のボリューム。
最初のうちは半分も食べきることができずに残したり、持ち帰りをすることもたびたびでした。
しかし、ときが経つにつれて、その量に驚かなくなりました。かつては想像もつかなかった量を食べられるようになった自分に、人間の適応力のすごさを感じずにはいられません。
身長は変わらないのに、横幅はこの国の文化にすっかりなじんでしまったようです。(苦笑)。
私が住んでいたアパートでも、キッチンのカウンターや流しの背が高く、慣れるまで少し時間がかかりました。
踏み台を使ったり、カウンターによじ昇り、ひざまづいて棚から物を取るなど、少々滑稽な姿を演じつつ、少しずつこの大きな国の生活になじんでいきました。
アメリカに抱いていたイメージ
広大な土地に、多様な人種や文化を持つ人々が暮らし、努力すれば誰にでも可能性が開かれている、自由で寛容な国。
それが、渡米当初に私が抱いていたアメリカのイメージでした。
実際、アメリカには、そのイメージ通りの一面があります。
移民であり、身体に障がいのある私が、専門職として働き、自立した生活を築けたこと。日本文化を取り入れた音楽や活動を、仕事の中で生かす機会を与えられたこと。そして、私の障がいを含めて受け入れてくれる人と出会えたこと。
これらは、アメリカの多様性と懐の広さがあったからこそ実現したことだと思います。
私はこの国で得た人間関係や経験、生活に、心から感謝しています。
しかし、アメリカには、それとはまったく異なる一面もありました。

逆流を必死で泳ぐ
職場での毎日は、まるで強い流れに逆らい、必死に泳いでいるようでした。
そんなとき、アメリカを拠点に世界で活動してきたYOSHIKIさんの言葉を思い出しました。
2022年5月26日放送のTBS系『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』で、YOSHIKIさんはアメリカで歩んできた自身の人生を振り返り、
「今まで逆流の川を思い切りクロールしてきた気がする。きっと5年後も泳いでいる。泳ぎをやめるときは死ぬときだと思う」
と語っていました。
さらに、自分が逆流の中を泳ぎ続けることで、後に続く人たちが少しでも泳ぎやすくなるようにしたい、という趣旨の思いも話していました。
その言葉に、私は深く共感しました。
私も、移民として、アジア人として、女性として、そして障がいのある者として、アメリカ社会の逆流の中を必死に泳いでいるように感じていたからです。
そして、自分が経験した困難を語ることが、後から同じ道を進む誰かの助けになるのなら、泳ぎ続ける意味があるのかもしれないと思いました。
※YOSHIKIさんの発言は、2022年5月26日放送のTBS系『ニンゲン観察バラエティ モニタリング』番組放送10周年記念スペシャルより。
レストランで受けた人種差別
アメリカに来て一年ほどたった頃、私は教師をしていたアフリカ系アメリカ人の男性と出会いました。
お互いの考え方に共感し、仕事帰りや週末に食事をしながら会話を重ねるうちに、私たちの関係は少しずつ深まっていきました。
ところが、レストランへ行くと、彼が突然、硬い表情になり、
「出よう!」
と言って、店を出ることがありました。
初めの頃、私はその理由が分かりませんでした。
「ずいぶん頑固な人だ」
と、彼の態度を責めるような気持ちさえ抱いていました。
しかし、同じようなことが何度か続くうちに、私にも理由が見えてきました。
店に入っても、なかなか席へ案内されない。席に着いても、ほかの客には対応しているのに、私たちの注文は取りに来ない。
露骨な差別の言葉を投げかけられたわけではありません。
けれども、ほかの客との扱いの違いは明らかでした。
彼は、私よりもずっと早く、その差別的な空気を察していたのです。
黒人としてアメリカで生きてきた彼にとって、それは初めての経験ではありませんでした。
日本人の私には見えていなかったものを、彼はすぐに見抜いていました。
私たちは黒人とアジア人のカップルで、体格にも大きな差があったため、人目を引いたのかもしれません。
しかし、それを理由に不公平な扱いを受けてよいはずはありません。
私たちは、そのような扱いをする店を二度と訪れませんでした。
自由と多様性の国だと思っていたアメリカで、私は初めて、言葉には表れない人種差別を目の当たりにしました。
しかし、それは、この国の人種差別の現実を知る、ほんの入り口にすぎませんでした。
次回は、複雑に入り組む人種差別の問題と、それに対してさまざまな意見や考え方がある中、自分の無知や一般化しているステレオタイプによって戸惑い、何が真実なのか迷っていた筆者の心情について語っています。
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