この記事は、大愚和尚の幼少期から佛心宗誕生にいたる半生を、物語風にお届けするシリーズです。大愚和尚の歩みは、私たちにとっても大切な学びにあふれています。映画にも劣らないエピソードの数々を、ぜひ最後までお楽しみください。
あふれるエネルギーと思春期
元勝少年は幼いころから人一倍エネルギッシュで、ヤンチャな行動が目立つ子どもでした。ある日、自転車に乗って近所の道路を、「やっほう、ゴーゴー!」と声を上げながら爆走しました。
そのスピードのままお寺に戻ると、勢いあまって池に突っ込んでしまいました。「が・・がぼがぼ!ごぼぼぼ」。危うく溺れかけましたが、必死に手足を動かして何とか這い上がり、事なきを得ました。
また、ある真冬の日。境内の井戸にかぶせてある、木のフタの上で、飛びはねて遊んでいました。ところが、そのフタは古く、腐りかけていたため突然崩れました。
元勝少年はそのまま、井戸の底へ落下してしまいます。
「うああ、冷たい!」井戸の底は凍てつく寒さで、しかも自力で這い上がれる高さではありませんでした。また境内は広く、その井戸は人目につきにくい場所にありました。
「おーい、おーい。誰かー!」このままでは凍死してしまうため、必死に呼びかけ続けると、お寺の庭師がたまたま通りかかりました。
「井戸の方から声……? うわ、中に子どもがいる。お、おい、大丈夫か!」
おどろき駆けつけた庭師は人を呼び、元勝少年は運よく助け出され、何とか事なきを得たのでした。
このように、元勝少年は危なっかしいことが多く、住職は「元勝。お前、もう少しは落ち着かぬか」と、しばしばお説教していたのでした。
そのような元勝少年も、10歳になると僧籍を取得し『仏道(ぶつどう)』という戒名を授かります。

以前からの習慣を続け、毎朝欠かさず早起きをしてお経を読み、規則正しい生活を送っていました。学校への登校は、本堂の掃除を済ませてからでなければ、許されませんでした。
放課後に友だちが「よっしゃ~、遊びに行こうぜ」「もうすぐテレビで、面白い番組あるから帰るわ」と楽しそうにしている時も、お寺のお役目がある日は、遊びを後回しにして、まっすぐ帰らなければなりません。
そのため友だちの家のような、自由に見える暮らしが、うらやましく思えることもありました。
女の子にモテたい!
元勝少年は小学生の頃、吹奏楽クラブでトランペットを吹いていました。卒業して中学校に入ると、今度はバスケットボール部に入ります。
多くの生徒から、爽やかでカッコいいスポーツだと思われがちで、試合で活躍した男子には「きゃー、〇〇くーん!」と、女の子から黄色い声援が飛ぶこともありました。
思春期まっただ中の元勝少年は、次第に女子の目が気になるようになります。
何となくファッションも気になり始め、自分だけ坊主頭にしなければならないことが、たまらなく嫌でした。
ある時、思い切って頭を剃るのを止めてみました。髪を伸ばし、カッコいい髪型になれば「きっと、女子にモテるぞ」と考えたのです。
一方で住職からいつ「なんだ、その頭は!」という喝が飛んでくるかと、内心はドキドキの日々でした。
しかし意外にも、どんどん髪を伸ばしても何も言われず、元勝少年は「理由はよく分からないけど、やったぞ」と喜びます。
そうした中、ある朝にとつぜんの異変が起こります。元勝少年が布団から起き、洗面所で顔を洗おうと、鏡を見た瞬間でした。
「は?え・・なにコレ!」。
頭の、左側の一部だけ髪がありません。片側だけが刈り上げられた、奇妙な髪型になっていました。
じつは夜中、寝ている間に住職が忍び寄り「僧侶の身で、そんな勝手が許されると思うな」と言わんばかりに、夜のうちに刈られていたのです。
「ああ、うわああ、ひどいー!」元勝少年は、思わず涙目になりそうでした。とにかく変な髪型のままでは、恥ずかしくて人前に出られません。泣く泣く残りの髪を剃り、坊主頭に戻しました。
そして「今は仕方がない。でも大人になったら、お坊さんになんか絶対なるもんか!」と、心の中で強く思いました。
喜びの再会と残された謎
ある日、元勝少年が学校から帰ると、山門の横に見覚えのある人物の、後ろ姿があります。その人は元勝少年に気づき、ふり返ると言いました。
「おお、“元ちゃん”!大きくなったなあ。オレのこと、覚えてる?」
「あ、ああ!ドウコウさん」
「今日から、また福厳寺で暮らせることになってね。よろしく」。
元勝少年は、かつて姿を消してしまったドウコウさんが、どこに行ったのか、気にかけ続けていました。
過去のいきさつから「自分のせいで、出て行った」という思いもあり、戻って来てくれたことを、なおさら嬉しく感じたのでした。
元勝少年は幼少の思い出話や、これまで過ごして来た日々を、ドウコウさんに語りました。
「・・それで、お師匠さまに髪切られちゃってさ。ひどくない?」
「ははは。いや、笑っちゃいけないけど、相変わらず面白いね。今度、落語のネタにしていい?」
「いやいや、恥ずかしすぎるって、やめてよ。そんなことより、ドウコウさんはどこに行ってたの?」
「ええと、まあ・・色々あってね。あっちこっち」。お寺を出て行ったあと、どうしていたのか。元勝少年が聞こうとすると、なぜかドウコウさんは話を濁し、話題を変えようとします。謎ではありましたが、今は何より再会が嬉しく、それ以上、深く追いかけようとはしませんでした。
とつぜんの不穏な兆候
ドウコウさんと、再びの共同生活が始まった、ある日のことでした。
元勝少年が法事の用意で、お寺の中を歩き回っていると、廊下の隅にいるドウコウさんを見かけました。
「ドウコウさん、おはよう」
「うぷっ。あ……ああ“元ちゃん”。お疲れさま~」。
そう言ってドウコウさんは、右手に持っていた何かをあわてて隠しました。しかし元勝少年の目は、それを見逃しませんでした。
「あれはカップに入った・・お酒?」。
元勝少年は生まれてから、一滴も酒を口にしたことはありませんでしたが、それが何であるかはわかりました。
宴会でもない日中に、それも修行道場である禅寺の中で、酒を飲むなど——。
福厳寺の誰かが、それもただでさえ厳格な住職が知れば、どうなるでしょうか。「出て行け!今すぐ出て行け!!」と、烈火のごとく怒る住職の姿が、目に浮かびます。
「ドウコウさん、なんで・・?」ドウコウさんが追い出されないよう、誰かへ報告することはしませんでした。
しばらく心の中に秘めましたが、得体の知れない不吉な予感が、心から離れませんでした。
青天の霹靂
それから何日かが過ぎ、元勝少年は用具の置き場所で聞きたいことがあり、ドウコウさんの居室を訪ねました。
「ドウコウさん。ちょっと、いいかな。・・えっ!」。
部屋には数本の一升瓶が転がっており、以前のカップ酒どころではありません。そして、誰の目にも、ドウコウさんはひどく酔っているように見えました。こうなると元勝少年も、見て見ぬふりはできません。

「あのさ、ドウコウさん。お寺の中で、これは……さすがに、まずいんじゃないかな」と言いかけた、次の瞬間。
「ごちゃごちゃ、うるせえんだよ!」
ドウコウさんの怒号に、元勝少年は凍りつきました。
ドウコウさんの大きな声は、これまでにも寄席で聞いたことがありました。落語では『おめえ、何してやがるんでい』のような、江戸っ子を思わせる荒っぽいセリフもあります。
ですが、目の前のドウコウさんの声は演技とは違う、本物の怒気が込められていました。
「どうせオレのこと、聞いてんだろ!足の火傷、本当は恨んでるんだろう!!」元勝少年には、何を言われているのか、さっぱりわかりませんでした。
ショックのあまり、目の前の光景がぐらっと揺れ、次の言葉が出て来ません。
「あ、いや・・その」。気がつくと元勝少年はパニックになり、逃げるように廊下を駆けていました。
知的で温かなドウコウさんとの、あまりのギャップに、起きているはずなのに、悪夢を見ているような気がしました。
しかし、それは紛れもなく現実の出来事だったのです。
≫第4話に続く


コメント