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アリ対策のはずが、ベランダ塗装まで――DIYから考える「欲」の正体(第69話)

2026 9/20
連載記事 逆境のエンジェル
2026年9月21日

➤逆境のエンジェルとは

 アメリカで暮らす筆者が、異文化のなかで感じる違和感、人とのすれ違い、老いや心の揺れ、ときには自分自身の失敗を通して、「人はどうすれば、思い通りにならない人生をよりよく生きられるのか」を考えます。仏教の教えも交えながら、日常のなかにそのヒントを探す連載です。

➤前回のあらすじ

  わが家に現れたアルゼンチンアリの大行列。「生き物を殺さない」という仏教の教えと、家を清潔に保つ現実の間で迷った筆者。そして、アリの侵入口をふさぐために、人生で初めてコーキングガンを手にしますが、こんなことになるとは……。(第68話『アリの大行列が教えてくれたこと――不殺生と暮らし、その先に待っていたDIY』はこちらからご覧ください)。

目次

1本のコーキングガンから始まった

 すべての始まりは、アリの侵入口をふさぐためのコーキングでした。最初の目的は、とても単純でした。

「この隙間をふさげば、アリが入ってこない」。ただ、それだけだったのです。

 コーキングガンを握り、隙間に沿って、恐る恐る材料を出していきます。最初は太くなったり、曲がったり。

「こんなものかな?」と思いながら何度かやっているうちに、少しずつコツがわかってきました。

 そして、スーッときれいに一本の線が引けた瞬間、

「おお、できた!」

 妙な達成感がありました。すると、1カ所きれいになった途端、今度はその隣が気になります。

「あれ? ここにも隙間がある」

「この穴も埋められるんじゃない?」

「ここも、ついでに……」

 気がつけば、コーキングガンを片手に家のなかをウロウロ。アリとは何の関係もない場所まで探し始めていました。

 昨日まで気にも留めなかった壁の小さな穴や隙間が、急にこちらに向かって、「ここもですよ」と訴えてくるように見えるのです。

DIYって、こんなに面白かったの?

 そして何より、やってみると面白い。これまで家の修理といえば、「私にはできない。誰かに頼むもの」と思っていました。

 でも、調べながらやってみると、意外とできることがあります。もちろん、失敗もするし、きれいにいかないこともあります。

 それでも、自分の手で少しずつ家が変わっていくのは、なんとも楽しいものです。

 すると、「ここも直せそう」「ここを塗ったら、もっときれいになるのでは?」「庭も少し変えられるんじゃない?」と、想像がどんどん広がっていきました。ついには庭を眺めながら、「ここに、もうひとつ花壇をつくったらどうだろう」などと考え始める始末です。

 最初はアリの侵入口をふさぐだけだったはずです。それが、コーキング、壁の補修、庭、花壇づくりへと広がり……もうアリは、どこにも登場していません。

「もっと」は悪いこと?

 そんな自分を見ながら、ふと思いました。

「これって、仏教でいう『欲』なのだろうか?」

 仏教には、「渇愛(かつあい)」という言葉があります。「もっと欲しい」「思いどおりにしたい」と求め、その気持ちを手放せなくなる心のことです。

 そう考えると、「ここも」「次はあそこも」と広がっていく私のDIY熱も、少々あやしい。

 ただし仏教は、何かを「やってみたい」と思う気持ちを、すべて悪いものと考えるわけではありません。「チャンダ」という、何かをしようとする意欲を表す言葉もあります。その意欲は、何を目指し、どのような心で行動するかによって、よい方向にも、そうでない方向にも働きます。

「自分でもやってみたい」「少し上手になりたい」という思いは、私たちを前へ動かしてくれます。けれど、その楽しさに夢中になるあまり、周囲が見えなくなったり、その気持ちを手放せなくなったりすれば、少し立ち止まる必要があります。

 当時の私は、立ち止まるどころか、ベランダを眺めていました。

そして、ベランダへ

 ここまで読んくださった方は、「なるほど。自分の欲に気づいて、ほどほどにDIYを楽しんだのですね」と思われたかもしれません。残念ながら、そうではありません。

 目の前にあったのは、古くなった木製のベランダでした。雨や日差しにさらされ、塗装もかなり傷んでいます。

 以前なら、「古くなったなあ」で終わっていたでしょう。ところが、すっかりDIYに気をよくした私は、

「これ……私にも塗れるんじゃない?」と思ってしまいました。

 いま思えば、この思いつきが危険でした。

「少しだけ」のつもりで刷毛を持ったものの、一部分が白くなると、その隣の古さが際立ちます。そこを塗れば、さらにその隣が気になる。こうして「少しだけ」は、あっという間に全面塗装へと変わりました。

 アリの侵入口をふさぐために始めたコーキングが、なぜベランダ塗装にまで発展したのか。自分でも、よくわかりません。

そこで夫が現れた

 私は夢中になって、黙々とペンキを塗っていました。

 そこへ夫がやってきました。そして、私を見ました。というより、刷毛を片手に、ベランダをかなり大胆に塗り進めている妻を見ました。

 一瞬、空気が止まりました。実は以前、私が十分な下準備もせずに家の壁を塗り、散々な仕上がりにしてしまったことがあります。それ以来、夫にとって、「妻が刷毛を持っている」という光景は、決して安心できるものではないのです(苦笑)。

 ですから、そのときの夫の表情は、ご想像に難くないでしょう。

「何してるの!?」。当然、叱られました。私としては、

「ちゃんと調べたし」「前より上手になってるし」「まだ途中だし」と言いたいところです。

 でも、夫からすれば、そういう問題ではないのでしょう。問題は、私が何の相談もなく、本格的な塗装を始めてしまったことでした。

 とはいえ、一度塗り始めたベランダを途中で放り出すわけにもいきません。結局、夫は途中から何も言わなくなりました。あきらめたのでしょう。

 そして私は、それから約3週間、来る日も来る日も、少しずつベランダを塗り続け——。とうとう最後まで塗り切りました!

 こうして、アリの侵入から始まったわが家の騒動は、なぜかベランダの全面塗装というところまでたどり着いたのです。

 どうやら今回、本当に学ぶべきだったのは、「始める前に、少し立ち止まること」だったのかもしれません。

 夫からすれば、もっと簡単です。「だから、始める前に相談して!」

 きっと、それだけの話だったのでしょう(笑)。

 ちなみに、ベランダを塗り終えた現在の私はというと……。

 今度は、庭の花壇づくりにすっかり夢中になっています。夫に相談したかどうかは——どうぞ、ご想像にお任せします(笑)。 

 次回の投稿は、10月19日(月)夜7時を予定しています。

記事の一覧はこちら

※寺町新聞では、このほかにも数多くの連載記事を掲載しています。各連載記事はこちらからご覧いただけます。

(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)

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この記事を書いた人

エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

アメリカで音楽療法の仕事に携わりながら、異文化、人との出会い、心の問題、社会などをテーマに執筆。日々の経験や感じたことを、心理学や仏教の教えと重ねながら、「逆境のエンジェル」「カルチャーブリッジ」などで綴っている。歌、折り紙、スヌーピー、和スイーツが好き。

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