この記事は、大愚和尚の幼少期から佛心宗誕生にいたる半生を、物語風にお届けするシリーズです。大愚和尚の歩みは、私たちにとっても大切な学びにあふれています。
(※本連載は、事実を基に当時の心情や情景を、生き生きと再現したストーリー形式でお届けします。細部の演出を含め、ぜひ映画を見るような感覚でお楽しみください)
バックパッカーへの転身
元勝青年は基本的に、移動はバスやタクシーを使い、宿泊はホテルでした。食事はレストランに入り、好きなメニューを食べたいだけ頼めます。そして朝から晩まで「〇時に、何をしなければ」という決まりもなく、何もかもが自由な日々に感じられました。
しかし当然ながら贅沢をすれば、お金はどんどん減っていきます。元勝青年は、焦りの気持ちが湧いてきました。「まずい、旅はまだ序盤も序盤なのに。こんな調子で浪費していたら、タスマニアまで半分も行けないぞ」。
そうした中。とある町へ立ち寄った際、広い公園の片隅で、テントを設営している白人の青年を見かけました。すぐ側には大きく、使い込まれた様子のリュックや、調理器具が置いてあります。
元勝青年はとつぜん「これだ!」と閃きました。テントに泊ればホテル代はかからず、節約の旅に移行すれば、はるかに安上がりです。元勝青年は相手の雰囲気に合わせ、フランクな英語で話しかけてみました。
「こんにちは。とても旅慣れているみたいだね。ちょっと話を聞いてもいい?」。
白人の青年は言いました。
「ああ、別にかまわないよ。君は?」。
元勝青年は簡単に自己紹介し、オーストラリアへ来た経緯を語りました。すると、とても興味を持たれた様子でした。
「へええ!僧侶になりたくないから、日本を飛び出した?そいつはまた、ずいぶんユニークだねえ。オレはアンソニー、イングランドの出身だ。気ままな旅をしているバックパッカーさ」。
アンソニーは気さくで親切な若者でした。元勝青年が「ぼくも、君のようなスタイルで旅がしたくて」と言うと、必要な知識や技術を、惜しみなく教えてくれました。
「まず移動は、基本的にヒッチハイクでするんだ。親指を立てるジェスチャーが有名だけど・・正直ドライバーに対して、目立たないことも多い。そんな時はこう。このボードに大きく、行きたい方角を書いて掲げる」。
また町のアウトドアショップに同行し、元勝青年のために手頃で質の良い道具を、見繕ってくれました。

「いいかい、ゲンショー。このテント、今はやり方を1つずつ確認して組み立てている。でも、やり方は完全に頭に叩き込んで、スマートに設営できなきゃ、ダメだ。考えてもみな、大雨や強風の日だってあるんだ。ちんたらやってたら、組み上がる前に吹き飛ばされるか、ずぶ濡れさ」。
アンソニーから、さまざまなノウハウを吸収する元勝青年。ここから旅の性質は観光から、サバイバルの旅へと変わっていきました。
またオーストラリアは観光の旅であれば、海岸線に点在する有名都市を目指すのがセオリーです。それが内陸部の、聞いたこともないような町を渡り歩くようになり、目にする景色もガラリと様変わりしていきます。
西部劇さながらの町
アンソニーの目指す方角は途中まで、元勝青年とかぶっていました。2人は同行し、バックパッカーとして実践の旅をしながら、元勝青年はさらに多くのことを学びます。
内陸部では、どこまでも平原が広がるエリアがあり、そこでは野生のカンガルーも見かけました。「あれは野生の・・うわっ、は、速い!」。視線のはるか彼方まで、カンガルーはあっという間に走り抜けて行きます。
元勝青年は思いました。「すごい。彼らから見たら人間はさぞ、のろまな生き物だろう」。動物園での姿や、可愛らしいマスコットのイメージとはまるで違い、どこか畏敬の気持ちさえ抱いたのでした。
それから、郊外のとある村へ立ち寄った際、目の当たりにした光景にも驚かされました。道端につながれた馬、カウボーイハットをかぶった男性、アスファルトではない土の道。
その景色は、西部劇に登場する村そのものに見えました。入口が内外どちらにも開く“スウィングドア”になっている、木造の酒場もあります。「ああ!あれって、中に“ウォンテッド”って書かれた、賞金首のポスターが貼ってあるやつだ」。
元勝青年が興奮に駆られていると、ふと、隣でアンソニーが口笛を吹きはじめました。村の風景も相まって、何ともいえない哀愁が漂います。時刻は夕方、傾きはじめた夕陽が2人を照らし、影が後ろに長く伸びていました。
元勝青年は本当に、西部劇に入り込んだ気分になり、ワクワクしてきます。一方「自分はいったい、どこへ向かっているのだろう」という感情が湧いてきました。
立ちはだかる予想外の困難

「いろいろ楽しかったよ、ゲンショー。この先も、いい旅を!」。アンソニーは親指をグッと立てて、別れの挨拶をしました。
元勝青年は、感謝とともに「こっちこそ。ここまで良くしてもらって、本当にありがとう!」と返します。ひとたび同じ道を歩んだ者同士も、また別々の道へ。出会いと別れの旅でした。
こうして元勝青年が1人旅へ突入すると、思わぬ困難にぶつかります。アンソニーが一緒の時と比べ、ヒッチハイクの成功率が目に見えて落ちたのです。
最初は理由がよく分かりませんでした。それが、とある郊外の町へ足を運んだ際、ひとつの現実を知ることになります。町の入り口には、荒々しい文字でこう書かれていました。
『日本人は町に入るな!』
元勝青年は、ショックを受けます。これまでの旅で出会った現地の人は、みんな大らかで親切な人々ばかりだったからです。
背景には、バブル景気の勢いに乗った日本企業が、オーストラリアへの投資や進出を、増やしていたことがありました。地域によっては外国資本の急拡大に、警戒や反発が生じていたのです。
また歴史的に、日本は第二次世界大戦ではオーストラリアと敵国同士でした。その記憶も重なって、偏見を強める人も存在しました。
そうは言っても、公共の交通機関が殆どない内陸部では、ヒッチハイクは不可欠です。点在する町の間には無人の荒野が広がっており、その規模もけた違いでした。
オーストラリアのスケール感について、旅行者がしばしばネタにする1つに、ある“マクドナルドの看板”があります。道路わきに立つその看板には『この先400㎞』と書かれており、これは東京から名古屋よりも遠い距離です。
果てしなく広がる大平原を渡るには、どうしても車移動が必要でした。
効果バツグンの巧みな作戦
困難に直面した元勝青年、そこへ救いの女神が現れます。ある町で知り合った、ドイツ人女性のバックパッカー、エリーゼ。
彼女に「ヒッチハイクに、なかなか応じて貰えなくて」と、悩みを相談したところ、ひとつの妙案を提案してくれました。
「えっと。つまり、ぼくは身を潜めておいて・・って、こういう作戦でOK?」
「ヤー!これなら、乗せてもらえるはずだわ。さっそく試してみましょう」。
それからしばらくして、町の道路に1台の大型トラックがやってきました。ドライバーのおじさんは、道端で1人のバックパッカーが“南”と書かれた、ボードを掲げている姿を見つけます。
よく見ると20代くらいの可愛らしい女性だったので、おじさんは上機嫌になり、ドアウィンドを開けて声をかけました。「やあ、お嬢さん。良かったら、オレの愛車に乗って行くかい?」
バックパッカーの女性は、言いました。「ありがとう、よろしくお願いします!・・あ、じつはもう1人いるんだけど、彼も一緒にいいかな?」。
すると、建物の陰から元勝青年が姿を現し、ぺこりとお辞儀をしました。ドライバーは一瞬、眉をひそめましたが、今さら「じゃあ、ダメだな」とは言いにくい雰囲気です。
「OK、大丈夫だ。そこの彼も一緒にどうぞ」。 エリーゼは元勝青年の方を向くと、いたずらっぽい笑顔とともに、ガッツポーズをしました。
思いもよらない恐ろしいワナ
巧みな提案に助けられ、南下を続ける元勝青年。しかし頼りのエリーゼも、いつまでも一緒に行動できるわけではありません。
「じゃあね、ゲンショー。いろいろと楽しかったわ。グッドラック!」
互いに別々の方角へ、別れのタイミングがやって来ます。元勝青年も感謝とともに別れの挨拶を伝え、再び1人旅へ戻りました。
「さて、ここからは誰も頼れないな。ヒッチハイクは根性で、ひたすらアタックするしかないか」。
アンソニーやエリーゼが一緒の時と違い、やはり何度も断られ続けてしまいます。そうした中、ある日の午前中に町の外れで、停車中のトラックを見かけました。
その横では運転手と思わしきおじさんが、ベンチに座ってハンバーガーをほお張っています。
元勝青年は考えました。「走っている車のドライバーとは、会話もできないから、スルーされやすい。でも、今の状況なら話を聞いてくれるかも」。
そう考えながら近づき、ヒッチハイクのお願いをしてみました。すると、おじさんは一瞬、表情をくもらせたように見えるも「まあ、いいぜ。適当な場所までで良ければ、乗せて行ってあげるよ」と応じてくれました。
元勝青年は単独のヒッチハイクが成功し、心の中でガッツポーズをします。ところが・・。
トラックは何時間も走り続け、やがて夜になりました。辺りはまっ暗闇で、ヘッドライトが照らす周辺以外、ほとんど何も見えません。運転手のおじさんは、ある地点で急にトラックを止めると、言いました。
「そうだなあ。まあ、ここら辺がいいだろう。オレは別方向に行くから」。辺りは灯り1つなく、何もない場所のようにも見えます。ただ元勝青年は停車の直前、うっすらと建物の影を見た記憶がありました。
「きっと、町の外れみたいな場所なのかな」。そう考えると、おじさんにお礼を伝えて、トラックを降ります。そして近くにテントを設営し、一泊しました。
夜が明けて辺りを見渡すと、1本の太い道路以外は、どこまでも乾いたような植物が生える、荒野のような場所でした。昨夜、町らしき影を見かけた方角へ歩いて行くと、廃墟の建物が並び人間の姿はありません。
いわゆるゴーストタウンであり、このような場所に降ろされたことは、ドライバーの“うっかり”とは思えません。元勝青年は、とても嫌な予感がしました。
それは何となくの危機感に留まらず、すでに生死に直結する非常事態に陥っていた事実を、直後に思い知るのでした。
≫第8話に続く


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