逆境のエンジェル

逆境のエンジェル(第22話) アメリカに息づく日本文化

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 アメリカの貧困層の現状と、ホームレスが置かれている現実について語っています。(第21話『アメリカの貧困層とホームレス事情』はこちらからご覧ください)

和太鼓の音に魅せられて

 ドンドコ、ドンドコ、ドンドコ、ドン、ソ〜レ!

 この音を聞いて、和太鼓を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。

 日本人であれば、誰もがその響きに胸が躍ることでしょう。私も和太鼓の音を聞くと、心が高揚し、自分が日本人であることを改めて実感します。

 新しい職場に移ってから、和太鼓を習い始めました。大学時代に少しだけ習った経験がありますが、ここベイエリアには、多くの太鼓グループとマスターが存在します。実際、ベイエリアは、和太鼓が全米に広がる起点となった地でもあります。

新しい挑戦の始まり

 アメリカにおける和太鼓の歴史は、移民や文化交流を通じて独自の進化を遂げました。20世紀初頭、日本から移住した日本人や日系アメリカ人コミュニティが和太鼓を持ち込み、以来、コミュニティ内の祭りやイベントで演奏されてきました。

 1968年、田中誠一氏(※)がサンフランシスコに「太鼓道場」を設立し、「ジャパニーズドラム」ではなく「太鼓」として、和太鼓演奏を浸透させました。現在も彼は健在で、私の太鼓の師匠である中川ジミーさんも、この道場から独立した方です。

 和太鼓は打楽器のなかで、最も大きく、最も大きな音の出る楽器のひとつです。アメリカでは、和太鼓の演奏がジャズなどの音楽と融合し、独特の演奏スタイルが生まれています。日本の和太鼓集団・鼓童のアメリカツアーも毎回大盛況で、和太鼓への関心の高さが伺えます。

 私の職場にも、患者のための和太鼓グループがあリ、日本人である私が少し和太鼓を経験していることから、先任の引退後、このグループを担当として引き継ぐことになりました。

 社内で一番背の低い私が、巨大で大きな音を出す楽器を教え、演奏する…。考えてみるとかなり滑稽なことではありますが、私はすっかり和太鼓の虜(とりこ)です。現在では、昼食時を利用したスタッフのためのワークショップや、毎年5月に行われる病院主催のマラソン大会に応援参加するなど、いまや和太鼓は必要不可欠な存在となっています。

※ 東京都出身で1967年にアメリカに移住したアメリカの太鼓奏者。影響を受けた太鼓奏者は世界中に数千人いるとされる

治療効果に確かな手応え

 私が太鼓グループを取り持つ際には、日本語での挨拶と合掌から始めます。道具をていねいに扱うことや、礼儀作法も重視していますが、これは、日本文化を正確に伝えたいという思いからです。

 休憩時間に提供する、日本のお菓子やアジアのスナックも、異文化の理解と受容の足がかりにしています。季節の節目で開かれるパーティーにお寿司や日本食を持っていくことも、いまや恒例となりました。

 さらに、作曲を手がけるようにもなりました。和太鼓の作曲が自然とできるのは、私が日本人だからでしょうか。西洋音楽とは異なる感覚があり、とても興味深いものを感じています。

 患者における効果も実感しています。ひとりの患者は、このグループに参加することが、他の治療やグループへの積極的な参加につながっています。

 彼は音楽室に入ると、まず太鼓を両手でたたくという、子どものような衝動をみせるのですが、入室したら太鼓を出し、ばちを受け取って待つ、という方向へと導いています。

 この患者は、自分の犯した犯罪の重要性がよくわかっていません。おそらくその部分での理解力が欠如しているのでしょう。しかし、いずれ社会復帰を望んでいるのなら、衝動を抑え、適切にエネルギーを解放する方法を学ぶ必要があり、そのことに和太鼓での活動を役立てることができると考えています。

 きびしい練習を積んだあとの、成果を披露する演奏会では、笑顔で演奏するよう励ましても、参加者の顔は緊張でこわばったまま。それでも終わってみると、みんな少し恥ずかしそうな、それでいて達成感を感じている笑顔を見せてくれます。体力勝負ではありますが、こうしたグループの取り組みには、やりがいを感じずにはいられません。

身近に感じる「空前の日本ブーム」

 大愚和尚が、「緊急提言」をはじめとした動画で、「いまアメリカは空前の日本ブーム」と語っておられましたが、私もまさしくその通りだと実感します。

 ベイエリアをはじめ、全米で日本文化が広がっているのは事実です。ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークなどの主要な都市にある日本人街には、多くの人が訪れ、連日にぎわいに満ちています。

 和太鼓や折り紙など日本特有の文化も、学校やデイセンターでの活動として取り入れられており、特に折り紙は、集中力を高め、セラピー効果が期待できるものとして歓迎され、折り紙の組織も存在するほどです。

 アニメや日本食の人気も高く、それは世界規模で広がっています。私の夫も納豆や刺身など、日本食を好んで食べますし、同僚の娘さんも、将来は日本でアニメの勉強をしたいといっているとか。私の身近には、日本マニアがあちこちに存在しています。

 そして、ベイエリアに複数存在するのが、仏教寺院や禅センターです。私が日本人であることから仏教徒であると思われ、患者から質問を受けることも少なくありません。

 そんなときは、大愚和尚のツイートの英訳や、ダライ・ラマの格言を紹介し、一緒に内容を考えていく時間を設けたりしています。知的レベルの高い患者は興味深く耳を傾けてくれ、最近ではイスラム教との類似点などを述べてくれた者もいました。

和太鼓がつなぐ、音楽の力を信じて

 競争が激しく、困難に直面することが多いアメリカ生活ですが、現在の職場は、日本文化を用いたセラピーに大変協力的です。新しい太鼓を購入したいと要望すれば、多額の資金が下り、カリフォルニアで有名な日本人の太鼓職人に依頼してくれるなど、理解を示してくれます。

 こうしたことは、日本からの移民や日系人の方々が、誠実に勤勉に、この国の文化に溶け込んでいった証であると感じます。

 私の目下の目標は、病院内の警察官や消防士と、患者や職員が、一緒に和太鼓を演奏することです。多くの患者は警察官へのトラウマを抱えており、警察官も患者を犯罪者と見なしがちです。

 そんな彼らが、立場の違いを超え、一緒に和太鼓の演奏という、ひとつのものを作りあげる…。もしそうしたことが実現すれば、互いの関係性は、人間的な温かいものへと変化していくのではないでしょうか。

 そう思えるのは、音楽の持つ癒しの力を信じられるから。そして、そうした取り組みは、院内の和太鼓グループの活動が徐々に大きくなっているいまならば、きっと可能であると感じています。

 病院の警察官と職員、そして患者が一体となって披露する、とびきりホットな和太鼓パフォーマンス。そこから生まれる喜びは、演者はもちろん、観客として参加する職員や患者にも、しっかりと届いていくことでしょう。

 いま私は、そんなことを考えながら、日々の業務に勤しんでいます。そしてそれは、自分が日本人でよかったと、誇りに思える瞬間でもあります。

 次回は、作者の夫の経験を通して学んだ黒人と警察官との関係について語っていきます。

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ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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