➤逆境のエンジェルとは
「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。
➤前回のあらすじ
カリフォルニア州、特にベイエリアの近年に見られる経済格差と、その原因について語っています。(第20話『ベイエリアの光と影』はこちらからご覧ください)
なぜホームレスになってしまうのか
大愚道場参加のため、久しぶりに訪れたサンフランシスコは、想像以上に増えていたホームレスの存在に驚かされました。
ホームレスの数が全国的にみて突出して多いサンフランシスコ。しかし、人はどういう理由でホームレスになってしまうのでしょうか。今回はアメリカの事情に照らし合わせながら、考えてみたいと思います。
ひとことでホームレスといっても、アメリカの場合、地域によって事情が大きく異なります。ホームレスの問題を考えるには、もともと抱えている生活状況や背景を知る必要があります。
たとえば、南部のアパラチア地域や中西部のラストベルト。これらの地域はかつては産業の中心地として栄えましたが、工場の閉鎖や産業の衰退により、多くの人々が仕事を失い、人口が減少。ミシガン州のデトロイトも、自動車産業で栄えた都市でしたが、現在では失業率と低所得者層の割合が高く、問題となっています。
一方、カリフォルニア州やニューヨーク州などの沿岸部の都市は、経済的に豊かであるものの、生活費が非常に高いため、中産階級でも経済的にギリギリの状態の家庭が多く、生活しづらい環境になっています。特に、サンフランシスコやロサンゼルスなどの都市では、高額な家賃が低所得層を追いつめています。
そして、こうしたさまざまに厳しい現状が、やがて多くの人を、ホームレス状態へと追いやってしまうのです。
人種の問題も大きな要因に
経済的な問題以外にも、密接に関係しているのが人種です。アフリカ系およびヒスパニック系アメリカ人、そしてネイティブアメリカンは、白人に比べて低所得層の割合が高く、背景には、歴史的差別や構造的な不平等が存在します。
アメリカ全土のホームレス人口の、約30%を占めるアフリカ系アメリカ人は、いまだ奴隷制の歴史から続く差別と貧困の連鎖のなかにいます。公民権運動以降も、教育や雇用の機会における格差は、ちぢまりにくい傾向が見られます。
20%を占めるヒスパニック系住民も、不法移民の問題や低賃金の仕事に従事していることが多く、経済的困難に直面しています。
2024年の統計では、ホームレスの43%が白人で、次いでアフリカ系アメリカ人、ラテン系アメリカ人、アジア系アメリカ人と続きます。数字的には白人が一番多いものの、それぞれが置かれた状況を照らしてみると、人種ごとに異なった厳しい現実が浮き彫りになってきます。
行き場を失った精神病患者たち
ホームレスの増加には、経済的・人種的要因だけでなく、精神的な健康問題や薬物依存症も大きく影響しています。
サンフランシスコやロサンゼルス、ニューヨークなど、大都会にはホームレスキャンプが至るところに存在します。
そのひとつ、ロサンゼルスのスキッド・ロウ(Skid Row)は、数千人のホームレスが集まる地域として知られており、多くの人が貧困に加え、薬物依存にあえいでいます。
精神病を患うホームレスの増加には、1950〜80年代にかけて起こった「脱施設化」の問題が背景にあります。
脱施設化は、精神障害者を社会に復帰させる目的で進められたもの。これにより広大な敷地に建てられた精神病院が次々と閉鎖され、患者たちは地域社会での生活へと移行していきました。
しかし、そうした患者たちに対し、適切な支援や住宅の提供が圧倒的に不足。多くの元入院患者は行き場を失い、その結果、ホームレスとして街角に立たざるを得なくなってしまったのです。
このように、精神疾患や身体的障害、薬物中毒など健康の問題も、ホームレスになる大きな要因となっています。ちなみに、PTSDを患った退役軍人もここに含まれます。
私たちの住む街にも、多くのホームレスが存在し、年々増えている印象を受けます。ホームレスもなんとか生活費を稼ごうと、スーパーの駐車場で車の窓拭きを提供してくることがあり、私もときどきお金を渡して窓を拭いてもらいます。
こうして労働の報酬としてはお金を払うのですが、物乞いをしているホームレスにお金を渡すことは避けています。なぜなら、現金を薬物やアルコールの購入に使ってしまうホームレスが少なくないからです。慈善団体などによると、そのような人々への支援は、水や食事、衣類の提供を推奨しています。
再犯は貧困から抜け出すための手段!?
家庭内暴力から逃れるために家を出たり、離婚や家族の解体によって住む場所を失う人も、ホームレスになるリスクが高いです。
一方、低所得者のなかには、窃盗や薬物売買、暴力事件などの犯罪を犯して、州立病院や刑務所に収容される人も多くいますが、彼らにとってそれは、貧困やホームレス状態から抜け出すための方法でもあるようです。
刑務所から出所した人も、再び社会に適応するのが難しく、ホームレスになるケースが多いのですが、出所者が再犯を重ねるのは、こうした事情があることを否定できません。
実際、私の勤めている州立の病院でも、入院してくる患者の9割近くがホームレスを経験した過去があったり、逮捕時にホームレスだったりします。再犯して再入院してくる人も、決して少なくありません。
こうしたホームレスの現状を知れば知るほど、援助体制の整備はさることながら、私たち一人ひとりの意識によっても、何らかの変化をもたらすことができるのではないか…と、いつもそう考えさせられてしまいます。
次回は、再び話を新しい職場に戻し、作者が新たに始めたあるチャレンジについて語っていきます。
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Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景⑪】
ホームレスというと「社会とのつながりが断たれた人」という印象がありますが、実は生活保護を受けている人も多いです。たとえば精神疾患。これが麻薬によるものであっても、精神病と診断され、生活保護の対象になることがあります。路上で生活していても、郵便局のメールボックスを持っていたり、一緒に住んでいなくても、家族から経済的に多少の援助を受けている人もいます。
ただ、薬物とホームレスの問題については、少々誤解があるようです。というのも、薬物中毒のホームレスのなかには、「あえてホームレスになっている」状況を作り出している人もいるからです。実際には、家族も住むところもあるのに、薬物欲しさに家族からお金を盗むなどし、その結果、家族から見放され、路上で廃人のようになっている…。そして、そのような人が、本当に住むところがなく路上にいる人と紛れてしまうことで「ホームレスは薬物中毒」という報道がなされてしまうのです(薬物使用と精神病については、いずれまた詳しくこの連載で取り上げていきたいと思います)。
ちなみに、住む場所がないホームレスの人でも、生涯ホームレスという人はまれで、一年以上、路上で生活する人はそれほど多くありません。一時的にホームレスになっても、支援を受け、自力で仕事を見つけ、懸命に生活を立て直そうとしている人が、実は大半なのです。
(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)