逆境のエンジェル

逆境のエンジェル(第20話) ベイエリアの光と影

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 新しい職場である司法精神病院の、自然豊かな環境や、職員一丸となった活動などについて語っています。(第19話『孔雀(くじゃく)との出会い』はこちらからご覧ください)

久しぶりのサンンフランシスコで驚かされる!

 今回は、これまでとは少し趣向を変え、現在のアメリカ社会の問題について考察していきたいと思います。

 先日、「YouTube大愚和尚の一問一答」で緊急提言として配信された動画で、大愚和尚がアメリカの貧富の差とホームレスの問題に言及されていたのをお聞きでしょうか。

 これを受け、私もこの問題について改めて考えてみたいと思いました。

 先日、久しぶりにサンフランシスコを訪れる機会がありました。目的は、サンフランシスコで開かれた大愚道場に参加するためです。

 車を運転して、久々に訪れたこの街で目にしたのは、以前より増えたホームレスの数と、治安の悪化でした。

 年々、アメリカ社会における経済格差の拡大が、深刻な社会問題となっています。

 ニュースなどでご存知だと思いますが、アメリカでは貧困層の割合が増加し、白人間の格差もこれまで以上に広がりをみせています。

 そしてこれは、世界一の経済大国・アメリカゆえに生じている問題だともいえるのです。

「シリコンバレー」という光が映し出す陰

 サンフランシスコはテクノロジー産業の中心地として栄えています。シリコンバレーと近接しており、多くの人がサンフランシスコに住みながら、シリコンバレーで働いています。

 シリコンバレーにはGoogle、Apple、Facebookなどの巨大企業が集まり、高給職が数多く提供され、経済は急成長を遂げました。IT企業の一大拠点として、世界中から脚光を浴び続けるシリコンバレー。

 しかし、そのまばゆい光は、経済格差という影を映し出すことにもなりました。

 2024年のデータによると、サンフランシスコの家賃の中央値(小さい順に並べたデータのちょうど中央にある値)は、およそ3,500ドル(日本円でおよそ55万円)を超えるといわれ、多くの住民が住居を維持できなくなっています。

 特に低所得層や中産階級は、住宅市場の過熱によって家賃を支払うことが困難になり、ホームレスのリスクに直面しています。

 この経済的な圧迫は、白人層にもおよび、これまで以上に格差が顕著になっています。

 現在、ベイエリアの人口の46%が低所得層といわれ、そのうち約30%が非常に低所得と位置づけられています。

 これはカリフォルニア州のなかでも最も高い割合で、全国平均のおよそ3倍に値します。

AIの導入が、管理職の仕事も奪う現実

 日本でも「AIに仕事を奪われる」ということが問題視されていますが、IT最先端都市を有するカリフォルニアだけに、その現実は極めて過酷です。

 AIの導入と職の自動化が加速するなか、低スキル労働者の仕事は次々と奪われ、新たに求められる高度なスキルに対応できない人々は、容赦なく切り捨てられてしまう…。

 そうしたことが、もはや日常的に起こっています。

 AIの進化による自動化は、製造業のみならず、顧客への対応を担うカスタマーサービスでも同じ。

 これまでそれらの職に従事していた人々は職を失い、新たな職を見つけようにも、再教育プログラムや職業訓練が不足しているため、技術の進展に追いつくことができません。

 そうして取り残された結果、不安定な生活を強いられる人が、いま激増しているのです。

 こうした現状は、白人層が多くを占めている管理職・中間管理職も例外ではありません。人員の削減だけでなく、仕事そのものがなくなっているのです。

 失業率は上昇し、経済的不安はどんどん広がり、人々の心に暗い影を落としています。

街を空洞化させたパンデミック

 コロナパンデミックがもたらした影響も深刻です。パンデミック中には、多くの企業がテレワークを導入し、サンフランシスコから他の都市や州へ移住する人が増加しました。

 これにより、一時的に人口が減少し、街の活気が失われた一方で、テクノロジー業界の高収入労働者が流入。不動産価格がさらに上昇するという、逆説的な現象が生じてしまいました。

 パンデミック後もテレワークの継続が増えたことで、サンフランシスコのオフィススペースの需要は減少し、一部の商業地区は空洞化。この影響で、街は活気を取り戻せずにいます。

 しかし、新たな居住エリアとして再開発が進められている地域もあり、ジェントリフィケーション(※)は着々と進行しつつあります。

 私たちが住む街は、サンフランシスコから車で40分ほどのところにあり、破産宣告をして、以前は、低所得者層が多く住む治安のあまりよくない地域として知られていました。

 しかし、サンフランシスコ周辺の物価の高揚により、これらの地域から引っ越してくる人が急増。現在、ベイエリアの新たな開発地として注目されるようになりました。

 そして、それにより、この地域の地価も確実に上昇しています。まさに、この地域でもジェントリフィケーションが進んでいるのです。

※ 都市の低所得地域が富裕層によって再開発されることで、もともとの住民が住居を追われる現象。

事実に目を向ける、自分ごととして捉える

 こうした背景を考えると、カリフォルニアの治安の悪化やホームレスの増加は、無理からぬことだといえるかもしれません。

 2024年の統計によると、サンフランシスコのホームレス人口は、約8千300人にも達しています。

 これは前年度よりおよそ600人多い数字で、そのうち半数近くを占めているのが白人です。

 これほど白人のホームレスが多いのは、全米のホームレス人口の割合からみても異例なことですが、それはサンフランシスコだからこその傾向ともいえます。

 ホームレス人口の増加は、犯罪率の上昇にも比例し、住民生活に大きな不安をもたらしています。

 そのため、地域の自治体や非営利団体は、ホームレス支援や低所得者向けの住宅供給を強化するための取り組みを進めています。

 たとえばサンフランシスコ市では、年間4億ドル以上をホームレス対策に投じ、緊急シェルターの提供、食料支援、職業訓練プログラムを実施しています。

 しかし、根本的な解決にはほど遠く、それどころか事態はますます悪化の一途をたどっています。

 現代に生きる私たちにとって、もはやIT技術はなくてはならないものです。しかし、それを追求するあまりに生じた社会的格差などの弊害は、決して看過できないものです。

 そんな問題意識と強い危機感を抱いていた私に、届けられたのが、先日配信された大愚和尚の緊急提言でした。

 「すべての市民が安心して暮らせる社会を実現するためには、テクノロジーの恩恵を享受しつつ、自分さえよければという思いを薄め、これらの事実に目を向けていくこと」。

 「社会を変えるには、いま世界で起こっていることを、人ごととではなく、自分ごととして捉える。そして、なぜこのような状況があるのかを見極め、自分に何ができるのかを考える」。

 そう、社会変革の第一歩は、私たち自身が担っているのです。そのことに、大愚和尚の緊急提言から、改めて気づかされました。その言葉は、ひとすじの光のように、私の行く手を照らしてくれるようでした。

(大愚和尚の緊急提言動画はこちら↓)

 次回は、アメリカ全体における経済格差や、ホームレスの社会的背景について、どのような傾向があるのかをみていきたいと思います。

第21話はこちら

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ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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