「よい理念を掲げれば、よい組織になる」
そう信じて始めた会社でも、人が増えるにつれて、思いがうまく伝わらなくなることがあります。
技術はあるのに、協力できない。
売上は伸びても、働く人の心が疲れていく。
待遇を整えても、仕事への誇りが育たない。
会社、学校、地域、そして寺院も、人が集まる場所である以上、こうした問題と無縁ではありません。
大愚和尚は、僧侶として寺の中だけを歩んできたのではなく、社会に出て事業を興し、人を雇い、育て、組織を運営してきました。その経験は後に、「人づくり・生きがいづくり・町づくり」を掲げる寺町構想へとつながっていきます。
「寺町構想」とは、お寺を中心に建物や店を増やすだけの計画ではありません。人を育み、生きがいを育み、人と人とのつながりを育むことで、「心も生活も豊かな、小さくとも美しい寺町」を世界各地につくろうという、大愚和尚の壮大な構想です。
本連載では、その原点から、すでに始まっている取り組み、そして目指す未来までを一つずつ紐解いていきます。
自分の身体の痛みから始まった事業
大愚和尚と経営との出会いは、寺を離れてから突然始まったものではありません。
17歳のとき、将来、寺を離れて生きていくには自分でお金を稼ぐ必要があると考え、英語塾を始めました。その生徒を集めた経験から、経営が身近なものになっていったといいます。
その後、自身が身体を痛めたことをきっかけに、大学院で学びながら治療院やリハビリトレーニング施設の運営を始めました。
困り事を見つけ、それを事業によって解決する。
必要とする人に価値を届け、その対価によって活動を継続させる。
これは、慈悲を心の中だけにとどめるのではなく、社会で働く仕組みに変える経験だったと考えられます。
会社が大きくなって見えた「人の問題」
ところが、事業が成長すると、別の壁に突き当たりました。
技術や知識は教えられても、人格を教えることは難しい。売上や報酬を増やすだけでなく、人そのものが成長する組織をつくらなければならない――。
この経験が「社員教育は人間教育である」という実感につながり、40歳を目前に寺へ戻る決意をしたと説明されています。
仏教では、貪り、怒り、無知を「三毒」と呼びます。
組織に制度や規則をそろえても、一人ひとりが自分の欲や怒りに振り回されれば、争いや不信はなくなりません。一方で、人格の成長を本人の心がけだけに任せても、組織は安定しません。
人の心を育てることと、力を発揮できる環境を整えること。その両方が必要です。
大愚和尚は経営の現場で、人が集まるだけでは、よい組織にはならないという現実に直面しました。そして、自らも人として成長しなければならないと考え、知識としてではなく、心を修める実践として仏教に指南を求めたのです。

「人がいて、生きがいがあって、町ができる」
この経験は、寺町構想の順序にも表れています。
寺町構想が掲げるのは、「町づくり・人づくり・生きがいづくり」ではありません。
①人づくり
②生きがいづくり
③町づくり
の順番です。
まず、自分の心身を整え、他者と協力できる人を育てる。
次に、その人が知識や技術を生かし、誰かの役に立てる仕事や役割を育てる。
そうした人々がつながった先に、助け合える町が生まれる。
立派な施設や制度を先につくっても、それを支える人が育っていなければ、町は長く続きません。善意だけでも、経済だけでも不十分です。
仏法を土台とした人間教育と、暮らしを支える仕事、そして持続可能な仕組み。この三つを切り離さないところに、事業家としての経験を持つ大愚和尚ならではの寺町構想があります。
理念・現在の取り組み・将来構想
寺町構想の理念は、仏法をもとに、人づくり、生きがいづくり、町づくりを進め、心も生活も豊かな共同体を育てることです。
その理念に基づき、現在は、仏教を体で学ぶ「大愚道場」、仏教の本質と実生活への応用を学ぶ「佛心僧学院」、心技体を備えた次世代の経営者を育成する「佛心経営マンダラ」、禅寺の生活を通じて、善き習慣を体得する「テンプルステイ」などが行われています。
これらは、すでに始まっている具体的な取り組みです。
一方、それらを通じて育った人々が、それぞれの知識や能力を持ち寄り、地域の課題を自分事として解決していく「明るく、豊かで、美しい寺町」は、これから実現していく将来構想です。
学びの場を開くことと、一つの町が育つことは同じではありません。いまは、その未来を支える人と縁、生きがいを一つずつ育てている段階なのです。
私たちの仕事も、町をつくっている
寺町構想は、経営者だけの話ではありません。
家庭で料理をすることも、店でお客さまを迎えることも、職場で後輩を育てることも、地域の掃除を続けることも、誰かの暮らしを支える働きです。
大切なのは、「自分はいくら得られるか」だけでなく、「この仕事によって、誰の苦しみが減り、誰の喜びが増えるのか」と問い直すことです。
そして、相手に変化を求める前に、自分自身は人を育てられる人間であるか、自分の心を整えられているかを省みることです。
町は、建物からできるのではありません。
制度だけから生まれるものでもありません。
人が育ち、その人の力が生きがいとして誰かに届き、働きと信頼が結び合ったとき、町は初めて温度を持ちます。
大愚和尚の事業家としての経験が寺町構想に与えたもの。それは、慈悲を願いで終わらせず、人と仕事と仕組みに変え、持続させていく視点だったのです。


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