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【カルチャーブリッジ】沈黙が遺したもの〜戦時収容所の日記から 〜「慈光」2026年4月号Vol 5−2

2026 8/02
連載記事 カルチャーブリッジ
2026年7月2日2026年8月2日

 こちらの記事は、佛心会員の季刊誌である『慈光』の中の連載記事『カルチャーブリッジ』で掲載された内容をより詳しくお伝えするコーナーです。

目次

語られなかった記憶に耳を澄ます

 前号では、アキラ・タナさんの音楽の背景にあるご家族の歩みと、そこに流れる仏教的なまなざしについて紹介しました。(「音の奥に息づいているもの〜仏教のまなざしと記憶が育んだジャズの世界」はこちらからご覧ください」)

 インタビューを終えたあとも、心に響いていたことがあります。それは、アキラさんが語ってくれた「語られなかった歴史」でした。

 ご家族は戦時中、強制収容所を経験しています。しかし、その体験について、ご家族は多くを語らなかったそうです。

 なぜ語らなかったのか、どのような思いを抱えながらその時を過ごし、その後の人生を歩んだのだろうか。

 その答の一抹を探すように、父親である田名大正(だいしょう)さんが収容所で書き続けた日記から探ってみたいと思います。

 『サンタフェー・ローズバーグ戦時敵国人抑留所日記』と題され、全4巻、1500ページを超える膨大な記録です。

 現在も国会図書館でのみ閲覧が可能で、全文が広く公開されているわけではありません。

 私たちが目にできるのは、研究資料や紹介記事に引用された、ごく一部の抜粋だけです。

 それでも、そのわずかな言葉のなかには、当時を生きたひとりの人間の息遣いが確かに残されていました。

 今回は、その日記を手がかりに、収容所での日々と、そこに刻まれた心の軌跡をたどってみたいと思います。

日記の中にいた「父親」

 収容所の日記と聞くと、私たちは過酷な出来事や歴史的な事件の記録を想像するかもしれません。しかし、実際に残されているのは、意外なほど静かな日常です。

 天候のこと。体調のこと。届くはずの手紙を待つ時間。そして、家族のこと。

 収容直後の記述には、鉄柵越しの家族との面会や、限られた時間しか許されない会話、日本語を自由に使えないもどかしさが綴られています。

 そこから伝わってくるのは、会えた喜び以上に、「触れられない」「十分に語れない」という喪失感です。

 自由を奪われた現実だけでなく、家族との距離や、言葉さえ思うように交わせない状況が、どれほど人の心を苦しくさせ揺さぶるのか。そのことが、文面から伝わってきます。

仏教者として、ひとりの人間として

 田名大正さんは僧侶でした。

 収容所では「聖人さま」と呼ばれ、法話をかき、習字や英語を学びながら、戦後の仏教のあり方について施策を重ねていたといいます。

 日記には、「今日は釈尊降誕の佳日である」「日米戦争が因縁となって」といった言葉も記されています。

 自由を奪われ、未来も見えない状況のなかで、仏教者としてその現実を受け止めようとする姿が浮かび上がります。

 現実を変えることはできない。だからこそ、その現実にどのような意味を見いだすのか。

 その問いと向き合い続けていたことが伺えます。

 しかし、日記に記されているのは、仏教者としての側面だけではありません。

 虚弱な身体。先の見えない将来。家族との分断。

 そうした現実のなかで揺れる、ひとりの人間としての姿が見えてくるのです。

手紙が繋いだ家族

 アキラさんのお話によれば、母・ともえさんは詩や短歌に優れた才能を持ち、とても高く評価されていたそうです。

 ご両親は互いに敬語で語り合うような、どこか凛とした関係だったといいます。

 しかし戦争は、その家族を引き離しました。

 離れ離れになった家族をつないだのは、手紙でした。

 ともえさんは和歌に思いを託し、夫へ送り続けていたそうです。

 そうするなかで、日記にも少しずつ変化が見えるようになりました。

 それまで比較的淡々と綴られていた文章のなかに、妻や子どもたちを案じる言葉が増えていったのです。

 いまどうしているだろうか。元気でいるだろうか。無事でいてほしい。

 直接的な表現は多くありません。しかし、その思いは行間からひしひしと伝わってきます。

 それは、仏教者として気丈であろうとする姿の奥に、家族を恋しく思うひとりの夫の姿として現れてきます。

 そして後半になるほど、その思いはいっそう深くなっていきます。

 仏道を歩む者としての自分。夫としての自分。父としての自分。

 その狭間で揺れ続ける姿は、心を打たれます。

生き延びるための精神性

 この日記に残されているのは、「苦しみの記録」であるとともに、「生きるための記録」であるようにも思います。

 沈黙の奥にあったのは、声高に語られる悲劇ではありません。今日を生き延びるために書き留められた、小さな記録の積み重ねでした。

 移民として生きる厳しさ。戦争によって引き裂かれる家族。将来の見えない不安。そして、そのなかでも失われなかった信仰と希望。そうしたものが、日記には記されています。

 インタビューのなかで、アキラさんはこんな言葉を語ってくれました。

「たとえどんなに困難な状況にあっても、他人に対する信頼や感謝を持ち続ける。それが生き延びるために、とても大切なことだと思います」

 それはアキラさん自身の言葉であると同時に、ご家族が歩んできた歴史そのものを語る言葉のようにも感じられました。

 収容所の日記は、過去の出来事を伝えるだけの記録ではありません。

 苦しみのなかで人は何を支えに生きるのか。離れていても失われないものは何か。そして、語られなかった思いはどのように次の世代へ受け継がれていくのか。

 その問いは、時代を超えて、いまを生きる私たちにも投げかけられているように思います。

 アキラさん自身は、戦争を直接体験した世代ではありません。

 しかし、その家に流れていた空気、両親が大切にしていた価値観、そして語られなかった沈黙のなかに、その歴史は確かに息づいていたのではないでしょうか。

 では、そのような家庭で育つとは、どのようなことだったのでしょう。

 家のなかには日本があり、一歩外へ出ればアメリカがある。そのふたつの世界のあいだで育った経験は、アキラさんの人生観や音楽にどのような影響を与えたのか。

 完結編では、その「ふたつの文化を生きる」という体験について伺ったお話を紹介します。

 続きはこちらから


アメリカの日系人強制収容とは

 1942年、真珠湾攻撃後の不安と偏見のなかで、アメリカ政府は大統領令9066号を発令し、西海岸に住む日系人の強制移住を開始しました。

 戦時中、約12万人の日系人が収容所での生活を余儀なくされ、その多くはアメリカ生まれの市民でした。

 長期収容のために建設された主な収容所は全米に10か所あり、砂漠地帯や荒涼とした土地に設けられました。

 木造バラックでの共同生活は、夏の暑さや冬の寒さが厳しく、プライバシーもほとんどありませんでした。家族が別々の施設へ送られることもあり、多くの人々が財産や仕事、地域社会とのつながりを失いました。

 田名大正氏が収容されたサンタフェ収容所は、こうした日系人収容のなかでも、僧侶や新聞関係者、地域指導者などが多く送られた施設のひとつでした。

サンタフェニューメキシコのニュースサイトより

また、強制収容所に関してはこちらの記事もご覧ください。

(感想、メッセージは下のコメント欄からお願いいたします。by寺町新聞編集室)

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この記事を書いた人

エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

アメリカで音楽療法の仕事に携わりながら、異文化、人との出会い、心の問題、社会などをテーマに執筆。日々の経験や感じたことを、心理学や仏教の教えと重ねながら、「逆境のエンジェル」「カルチャーブリッジ」などで綴っている。歌、折り紙、スヌーピー、和スイーツが好き。

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