逆境のエンジェル

黒人歴史月間から考えることー私たちはどこへ向かうのか(第47話)

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する筆者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 フードデザート(食品砂漠)と水道水の汚染の問題とその地域について語っています。(第46話『食の不平等が生む「食品砂漠」と「水」』はこちらからご覧ください)

消えてしまった!! 「黒人歴史月間」を祝うイベント

 いま、激動のなかにいるアメリカ社会。今回はそれを見つめながら、黒人歴史月間について考えていきたいと思います。

 先日、黒人の同僚と昼食をともにした際、話題に上ったのは黒人歴史月間(Black History Month)の扱いについてでした。

 かつて私たちの職場では、この月間を患者と一緒に祝う行事が毎年開催されていました。

 しかし、この3年間でその習慣は完全に消えてしまったのです。

 3年前から、2月の患者向けイベントの企画を、音楽療法士のインターンが担当するようになりました。

 しかし、彼らの関心は主に現代のポップ音楽やエンターテイメントに向けられ、黒人歴史月間には触れなくなっていきました。

 音楽を通じたセラピーを行う上で、黒人の歴史が軽視されることには強い違和感を覚えます。

 現代のポップ音楽、ジャズ、ブルース、ヒップホップ…。これらの起源をたどれば、必ず黒人コミュニティの文化と歴史に行き着きます。

 にもかかわらず、黒人の音楽的な貢献や背景が語られる機会が減っていることに、私は危機感を禁じ得ません。

 この現象は、新政権が奴隷の歴史や、第二次世界大戦下での日系アメリカ人の強制収容、そしてユダヤ人迫害と強制収容を、教科書から削除しようとしている動きとも重なります。

 では、そもそも黒人歴史月間とは何なのでしょうか
 そして、なぜ「白人歴史月間」は存在しないのでしょうか

「白人歴史月間」がない明白な理由

 アメリカやカナダでは、毎年2月を「黒人歴史月間(Black History Month)」と定めています。

 これは、アフリカ系アメリカ人の歴史や文化、社会への貢献を称えるための期間で、その起源は1926年に遡ります。

 歴史学者であり、人種問題の研究者であったカーター・G・ウッドソン博士は、当時のアメリカの学校教育がアフリカ系アメリカ人の歴史を軽視していることに危機感を抱き、「ニグロ歴史週間(Negro History Week)」を設立しました。

 これが後に黒人歴史月間へと拡大され、現在に至ります。

 しかし、「なぜ黒人歴史月間があるのか?」「なぜ白人歴史月間はないのか?」と疑問を抱く人もいます。

 その答えは明白です。アメリカの歴史そのものが、白人中心の視点で語られ、教科書に記載され、映画やドラマに描かれているからです。

 白人の歴史は、すでに毎日あらゆる形で語られているのです。

 しかし、世界一にのぼりつめたアメリカの発展は、黒人の奴隷労働ぬきに語れません。いいかえれば、彼らの労働力と犠牲なくして、その成功はありえなかったのです。

 だからこそ、意識的に黒人の歴史を学び、記憶し、次の世代に伝えていく機会が必要なのです。黒人歴史月間は、そうした「忘れられた歴史」を学び直すための期間なのです。

私たちの生活に身近な、黒人発明家たちの偉業

 アメリカの発展に貢献した黒人の功績は、教科書やメディアではほとんど語られません。ときには彼らの発明や業績が、白人の名のもとに記録されてしまうことさえあります。

 そこで、今回は特に重要なふたりの発明家を紹介します。

1. ギャレット・モーガン(Garrett Morgan)

発明:信号機、ガスマスク

 彼は、現在の交通信号機の原型を発明した人物です。私たちが何気なく目にする信号機、注意を促して点灯する仕組み、その起源には黒人発明家の革新的なアイデアがありました。

 また、ガスマスクを発明し、1916年、オハイオ州のエリー湖の15メートル地下にある、水路のトンネル内に閉じ込められた労働者を救出しました。これは第一次世界大戦で使われたガスマスクの原型になったといわれています。

2. フレデリック・マッキンリー・ジョーンズ(Frederick McKinley Jones)

発明:冷凍輸送システム

 ジョーンズの発明が、今日の冷凍食品産業を成り立たせているといえるでしょう。彼は、トラックや鉄道車両に取り付ける冷凍装置を発明し、生鮮食品を長距離輸送できるようにしました。これにより、食品の保存技術が飛躍的に向上し、現在のグローバルな物流システムの基盤が築かれました。

 このように、黒人発明家たちの功績は、私たちの日常生活に深く関わっているものが少なくないです。しかし、その名前を知る人は決して多くはありません。

「平等」を口実に、すり替えられようとしている現実

 こうした黒人の功績がいまも軽視され続ける一方で、アメリカ社会の舵取りは大きく変わりつつあります。

 このほど新政権は、「人種や人権の公平性に関するトレーニングを廃止する」と発表しました。その理由は、「平等が過剰に強調されすぎて、白人男性が本来の能力に見合った地位を得られなくなっているから」だというのです。

 この決定を受け、つい先日、米軍では史上初の黒人指揮官や女性指揮官が解任され、代わりに白人男性がその地位に就いたというニュースが報じられました。

 まるで、時代が公民権運動以前へと巻き戻されていくような感覚を覚えます。

 この動きを「逆差別の是正」と主張する人々もいます。

 しかしそれは、「平等」を口実にした、白人男性優位の社会を再び確立しようとする試みではないでしょうか。

 公民権運動で勝ち取ったはずの権利が、少しずつ奪い返されようとしている…。そう思わずにはいられません。

 私はできるだけ感情に流されず、俯瞰的にこの状況を見つめようと努めていますが、なかなか難しく、同時に疑問が残ります。それは、

  • 「平等」という言葉の意味が、すり替えられてはいないだろうか?
  • 多様性や公平性を推進することが、「白人男性の排除」だと見なされる社会は正常なのだろうか?

と考えるからです。

 黒人歴史月間が軽視される現象は、決して職場の問題だけではありません。

 アメリカ全体が、多様性を否定する方向へと進んでいるように感じ、その危機感を、私はいま、強く抱いています。

どうしたらいいのでしょうか?

 黒人歴史月間が職場で軽視され、社会全体でも黒人の歴史が忘れ去られようとしているいま、私たちにできることは何でしょうか?

 それは「知ること」から始まると考えます。歴史を学び、共有し、語り続けること。それが、社会の流れにあらがい、歴史を歪められないための最初の一歩です。

 私の職場では、今年も黒人歴史月間の行事が行われない方向で動きそうでした。

 しかし、私たちは声を上げ、イベントに黒人歴史月間の名前を入れました。イベントの内容はさることながら、名前を入れたことが第一歩!です。

 そしてこれが、来年への一歩につながることを願っています。

 私はこうした記事を書くことで、少しでもこの月間の意義を伝えられたらと思っています。

 そして、この現実を前に、私は何をすればいいのかを考え続けています。

 歴史を知ること。語り継ぐこと。忘れさせないこと。

 これこそが、私たちにできる第一歩なのではないでしょうか。

 歴史は、学び、考え、共有することで意味を持ちます。だからこそ、私は意識的に学び続け、声を上げ続けようと思います。

 もし、この記事を読まれた読者のみなさんが、何かを感じてくださったなら、それについて誰かと対話してみてはいかがでしょうか。

 私たち一人ひとりの意識が、社会の未来を形づくるのですから。

 次回の投稿のテーマは、最近、大愚和尚がYouTubeで語られた、海外で自信をなくしている日本人と誇れる日本の文化について考えてみたいと思います。(更新は3月17日夜7時)

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感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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POSTED COMMENT

  1. アサミヤ より:

    恵津子さん、こんにちは!
    学びになる記事、そして、あたたかい返信コメントをいつもありがとうございます(お仕事やプライベート優先で、無理はなさらないでください)。

    「黒人歴史月間」のことは知りませんでしたので、さっそく家族に話してみたところ、やはり「知らなかった」とのことでした。
    身近な問題ではないためか掘り下げることはできませんでしたが、意識の風化を防ぎ、定期的な振り返りの機会を設ける「しくみ作り」として「月間」や「記念日」の設定はとても効果的だ、という会話になりました。

    そういった意味でも、恵津子さんと同僚の方の働きかけで、「黒人歴史月間」をイベントに加えられたことは素晴らしいと思います。

    アメリカ社会に対する危機感について、私がもしも有利な側、たとえば白人男性であったなら、公正な考えなく「逆差別だ」と、口にしないまでも思いかねないと感じるだけに、解決に向け、ねばり強い努力が必要な問題なのだろうと考えさせられます。

    おかげさまで「知る」ことは始められましたが、知見や思いを共有したり、協力してアクションを起こしたりといった点では道なかばです。
    恵津子さんは「書く」ことでご自分に喝を入れ、問題意識を忘れないようにしている部分もあるとのこと、私も、恵津子さんの記事の拝読を、自分への「喝」の一環としたいと思います。
    今回も、ありがとうございました!

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