➤逆境のエンジェルとは
「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する筆者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。
➤前回のあらすじ
新たな年がはじまり、ニュースでさまざまなことが報道されるなか、いま一度、無意識の偏見について書いています。また、末尾にはハーバード大学の研究チームがつくった、ゲーム感覚のテストのリンクも掲載しています、(第44話「2025年、新しい年に向けて」はこちらからご覧ください)
性格の違いが摩擦を生む?
昨年の12月、大愚和尚の新刊『愚恋に説法』が刊行されました。それを読みながら、私たち夫婦のことを考えていました。
夫婦や恋人関係でよく話題に上るのは「性格の違い」。たとえ仲がよくても、考え方や感じ方が異なることで衝突することは珍しくありません。
特に夫婦やパートナー同士の場合、文化や生まれ育った環境までからんでくると、問題はさらに複雑になるものです。
私たち夫婦も、まさにその典型例。国籍や文化だけでなく、性格まで大きく異なる部分があります。夫は大柄で私は小柄、なので見た目もまるで美女と野獣です(笑)。
でも、実際のところは見た目とは逆で、夫は繊細で思慮深く、私はどちらかといえば行動派で物おじしない性格。自分でも「男性的エネルギーが強いな」と感じています。
こうした違いはときに衝突を生みますが、見方を変えれば、お互いに学び合う絶好のチャンスにもなる。そう実感した2つのエピソードを、ここではご紹介したいと思います。
夫のエピソード:ユーモアで味方をつくる
ある日、夫が新型コロナウイルスに感染し、自宅で療養していたときのことです。体調が急激に悪化し、重度の呼吸困難を起こしました。
さらにアレルギー反応も疑われるような症状(原因ははっきりしていませんでしたが、いわゆるアナフィラキシーに近い状態)も示しはじめました。
顔色が悪く、息もまともに吸えない様子に、私自身もパニック。あわてて救急車を呼んだのですが、番号を打ち間違えるほど取り乱していました。
それでも、救急車が到着するころには、夫は少しずつ呼吸ができるようになり、なんとか歩けるまでに回復していました。
ホッとする間もなく、ふたりの救急隊員が彼を車内に乗せると、私に対して「付き添いはできません」というのです。
私は「黒人男性への医療差別が起きるかもしれない」と強い不安を覚えました。
「自分も一緒に乗らなければ、何かあってもすぐ対応できない」と考え、救急隊員に食い下がったのですが、感染症対策などもあって認められませんでした。
仕方なく、救急車のあとを自分の車で追いかけることにしました。しかし、救急車は家の前からなかなか動き出しません。
ほんの数分だったのかもしれませんが、私には永遠に感じられました。
「どうして早く病院に連れて行ってくれないの? 何か変な扱いをされているんじゃないの?」。
不安といらだちが募り、思わずドアを叩いてしまったほどでした。すると救急隊員が扉を開け、笑顔でこういうのです。
「奥さん、大丈夫ですよ。もうすぐ出発しますから。むしろ雨のなかで濡れて、あなたの方が風邪をひいてしまう。車のなかで待っていてください」。そういわれ、私は仕方なく彼らの言葉通り、車に戻りました。
実際に走り出した救急車も、なぜかスピードを落として安全運転を徹底。結果的に、私も迷わず追いかけることができました。
救急隊員を笑わせた夫の機転
後でわかったのですが、夫は救急車に乗せられた直後から、隊員さんたちにジョークをいっていたそうです。
人種に対する緊張感があるときこそ、「ここで笑ってもらうのが自分の身を守る最善策だ」と感じ取ったのだとか。
黒人として、医療現場での差別を日頃から身にしみて感じているからこそ、相手との関係を早いうちに和ませようと本能的に思ったようです。
実際、そのユーモアが功を奏したのか、救急隊員たちは私が迷わずついて来られるよう、あえてスピードを緩めてくれたり、遠回りでも安全な道を選んでくれたりと、とてもていねいに対応してくれていたのです。
到着後も夫はすぐにベッドに案内され、適切な処置が早々にはじまりました。
命に関わるかもしれない緊迫した状況下でも、夫は「相手をリラックスさせる」ことを最優先に考えて行動し、その結果、味方を増やすことができたのです。
私のエピソード:痛みと待ち時間との闘い
一方、その数カ月後のある朝、今度は私自身が病院へ運ばれることに。突然、左脇腹に言葉も出ないほどの激痛が走ったのです。
呼吸をするのもつらく、あぶら汗が流れ落ちるほど。我慢できずに夫に助けを求め、急いで車を出してもらい、救急病棟へ向かいました。
車椅子を押されながら受付に駆け込むと、そこから始まったのは長い長い待ち時間との闘いでした。
緊急の患者が少なかったはずなのに、私に割かれる医療スタッフの時間はごくわずか。耐えがたい激痛を訴えているにも関わらず、なかなか順番が回ってこないのです。
冷たい視線と長い検査
やっと名前が呼ばれて診察室へ行くと、看護師からは険しい目で「力を抜いて」といわれました。
しかし、痛みで全身がこわばっており、血圧もうまく測れません。そんな私に対して、看護師はまるで、“大げさに痛がっている厄介な患者”に対するような表情を見せるのです。
悲しみや不安に加え、怒りにも似たやりきれなさを覚えたのを思い出します。
そこからも心電図やCT検査などを受け、痛みに耐えながら、合計10時間ほど滞在することになりました。
付き添いの夫も診察室へ入れてもらえず、私は心細いまま。最初の痛み止めの注射を打ってもらえたのは、救急病棟に来てからかなり時間が経ってのことでした。
診断の様子から見える人種差別の影
結局、私の症状は「尿路結石」で、命に別状はなかったものの、ものすごい痛みに耐え続けた結果、声はすっかり枯れ、体力もすっかり消耗しきっていました。
アメリカの医療現場では、重篤でない限り入院させてもらえないことが多く、私もあっさり「痛み止めを出しておきました」といわれただけ。夫がようやく部屋に入れたのは、退院(というより帰宅)の手続きに入ってからのことでした。
この体験をのちに振り返ったとき、「私たちの民族的なバックグラウンドに対する、無意識の差別や偏見も影響していたかもしれない」と感じました。
アメリカでは珍しくないこととはいえ、「今後、自分たちが年老いていくとき、この国でしっかりした医療を受けられるのだろうか」という不安は正直、ぬぐいきれません。
そして余談ですが、あのとき打ってもらった痛み止めはモルヒネ。いまや社会問題にもなっているオピオイド系鎮痛薬のひとつです。
2時間おきに痛みが襲うたび、看護師を呼び止めて注射してもらったときの「痛みがすっと引いて、ホッとする感覚」が、いまも記憶に残っています。
これが依存症につながる薬なのか。そうした人々がいることも、うなずける気がしました。
性格の違い、どう活かす?
このふたつの出来事を通して、私は「性格の違い」について改めて考えさせられました。
夫は相手の気持ちを読み取るのが得意で、ユーモアによって相手を味方に変える力があります。
一方、私は考えるより先に行動しがちで、感情をストレートに表すタイプ。それで失敗もしますが、その行動力のおかげで危機を脱することもあるのです。
もし私が夫の立場だったら、救急車のなかでジョークをいう余裕なんてなかったでしょう。「相手の警戒を解けば、自分のリスクが減る」と直感できる夫だからこそ、あの状況でユーモアという武器を使えたのだと思います。
しかし、私が病院で受けた長い待ち時間の苦しみにも冷静に対処していたら、もっと我慢を強いられていたかもしれません。
痛みに耐えきれず何度も看護師に声をかけたことで、ようやく痛み止めの注射をしてもらえたのです。言い方は乱暴だったかもしれませんが、行動しなければ状況は変わらなかったでしょう。
私たちにとっての「巧みな生き方」とは?
恋人や夫婦に限らず、人との衝突の原因になることが多いのは「性格の違い」です。でも、それを拒絶するのか、学びの種とするのかは自分次第。
私たちのように文化も性格も異なる部分の多い夫婦でも、お互いの強みを認め合い、いかに活かすかを工夫することで、思わぬ困難を乗り越えられるのだと実感しています。
夫のように、緊迫した場面ほど小さなジョークで空気を和らげると、相手も構えを解きやすくなります。特に差別や偏見が根深い状況では、まず相手の心の壁を下げることが鍵になるのです。
そして、私が痛みに耐えかねて看護師を呼び止めたように、自分を守るために、ときには“自己主張”が欠かせない場面もあります。すべてを我慢してしまうと、状況は変わりません。
衝突を深刻化させるのは、相手との“違い”を責める姿勢です。むしろ、自分にない長所を「補ってくれる存在」として活かすと、新しい視点や解決策が見えてくるのではないでしょうか。
私たち夫婦は、これから先もいろいろな問題に直面するでしょう。けれど、あのときの医療現場での経験は、大きな学びになりました。
それぞれ異なる長所をもっているからこそ、ひとりでは見落としてしまうような解決策を思いついたり、お互いの弱点を補い合ったりできるのですね。
違いを排除するのではなく、上手に取り込む。これこそが「巧みな生き方」なのではないか。そのように思います。
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次回の投稿のテーマは、フードデザート(食の砂漠)について。食環境の格差が生む健康被害や、水の汚染問題について言及します。(更新は2月10日夜7時)
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