逆境のエンジェル

学校から刑務所へのパイプライン|逆境のエンジェル(第28話)

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 アメリカにおける識字率の低さや、差別を背景にした教育格差について語っています。(第27話『アメリカにおける教育格差』はこちらからご覧ください)

黒人の子どもの方が、白人より厳しく罰せられる!?

 前回、教育格差の問題のなかで、黒人と白人の学生間の教育格差を「同様の不祥事に対して、白人よりも黒人の方が厳しく罰せられる」という、スタンフォード大学の研究に言及しました。今回はこのことを、もう少し深く掘り下げて考えてみたいと思います。 

 アメリカでは黒人男性のかなりの割合が、刑事司法制度と関わりを持っています。推定では、23歳までに約50%の黒人男性が逮捕された経験があるとされています。
 
 また、約33%の黒人男性が重罪の有罪判決を受けており、これは全人種の平均を大きく上回っています。ここから、白人と比べて、黒人の逮捕や有罪判決を受ける割合が、非常に高いことがわかります。
 
 刑務所および州立病院の勤務で、私は多くの黒人男性と関わってきました。もちろん、そのなかには性格も考え方も荒れていて、どうひいき目にみても、逮捕されて収監される必要があるだろうと思う人たちもいます。それは、白人を含め、その他の人種でも同じことがいえます。

 一方、それとは真逆の人たちも大勢います。もし、学校での適切なサポートが受けられ、アメリカ社会の不平等差がもっと緩やかであれば、私の目の前にいないであろうと思う黒人男性に、これまでたくさん出会いました。

 つまり、ここで問題視すべきは、黒人男性は不当に逮捕され罰を受ける可能性が、白人の何倍も高いという、恐るべき事実があることです。

学校と刑務所が「パイプライン」でつながっている!

 私の夫は、大学生だったとき、大学の図書館で本を盗もうとした容疑で捕まったことがあると、結婚前に教えてくれました。図書館の出口には盗難防止用のバーが設置されていて、アラームが鳴ったとき、夫はそのバーからかなり離れたところにいたそうです。

 直後、白人の学生ふたりがバーを通り抜け、そのまま走り去って行きました。そして、この濡れ衣を着せられたのが夫でした。収監はなかったものの、その後、夫には長年にわたり、軽犯罪の履歴が残ってしまいました。

 実はこの話を聞いたとき、最初は驚きとともに、夫が怪しまれるような行動を取ったのではないか、という気持ちもあったのです。ほどなく、夫の誠実な人柄や、黒人に対する異常なまでの差別の実態を知り、それがあり得ないことだと理解しましたが…。少しでも夫を疑った自分が、本当に恥ずかしくなりました。

 2020年に投稿された『現代ビジネス』と『ニューズウィーク』では、「学校から刑務所へのパイプライン問題」が取り上げられています(以下、抜粋部分を掲載します)。

 マイノリティのなかでも、特に黒人は、学歴や経歴、年齢にかかわらず、日常的に差別を受けています。アメリカの学校では90年代から、校則に違反する行為を犯罪とみなす厳しい対応が導入されましたが、ニューヨーク市で2016年に逮捕された生徒の実に99%が、黒人とヒスパニック系でした。

 なかには、先生の机からアメを取った幼稚園児、机に落書きをした小学生、服装の規則を守らなかった生徒なども含まれています。停学や退学処分になったり、少年院に送られた生徒は、その後、罪を犯す可能性が高くなり、結果的に黒人の刑務所収監率が高くなります。

 この悪循環は“学校から刑務所へのパイプライン(The School-To-Prison Pipeline)”とも呼ばれており、構造的な黒人差別のひとつとなっています。これにより、特に多くの若い黒人男性が犯罪者として扱われ、将来の可能性を閉ざされてしまうのです。

黒人女性に未婚者が多いのはなぜ?

 このような背景を持つ黒人男性が増えることは、黒人女性にとって結婚が難しくなる理由にもなっています。

 若い時期に逮捕や収監を経験してしまうと、社会復帰や安定した生活を送ることが困難となってしまいます。経済的にも不安定な状況に置かれることになり、それが、黒人女性に結婚を躊躇(ちゅうちょ)させてしまうのです。

 パイプライン問題は、奴隷制の変形した形ともいえる、構造的な差別の一環です。奴隷制の時代には、黒人は人間としての権利を奪われ、経済的な自由もありませんでした。

 現代においても、教育や刑事司法システムを通じて、黒人は依然として不平等な扱いを受け続けています。これにより、黒人コミュニティの経済的・社会的な発展が妨げられ、構造的な差別が継続しているのです。

 黒人女性に未婚女性が多い背景に、パイプライン問題が深く関わっている以上、解決するには、教育システムや刑事司法システムの改革が必要です。その上で、構造的な差別を根本から見直す取り組みが求められます(刑務所での実態や関連する記事については、第15話第16話第17話をご覧ください)。

どんなことも、決して他人事だと思わない

 教育格差は、その後の人生において、どのように影響するのでしょうか。

 教育はただ知識を得るだけでなく、将来の職業選択や経済的安定に直結する重要な要素です。裕福な地域で育った子どもたちは、質の高い教育を受ける機会が多く、それにより高収入の職に就く可能性が高まります。

 それに対し、貧困地域で育った子どもたちは、十分な教育を受けることが難しく、将来的に低収入の職に就くことが多いです。これが社会全体の経済格差を、さらに拡大させる一因になっています。

 教育格差は心理的な影響も与えます。貧困地域の子どもたちは、自分たちが他の子どもたちと同じような機会を得られないと感じることが多く、それが自己肯定感を損ない、将来への希望喪失へとつながってしまいます。

 そしてこれが、さらに学業成績の低下や非行に走る原因となり、悪循環を引き起こしているのです。

 私たちはともすると、そのような状況下の人々を、社会から外れた人と思いがちです。しかしそう思うのは、私たちがただ幸運にも、そうした環境に生まれ育たなかったから。黒人の子どもたちの置かれた現状を知れば知るほど、そう思わずにはいられません。

 ただこうした現実は、今後、誰にでも起こる可能性があるとも考えています。あらゆることを「自分ごと」として捉える。それが、社会を変える一歩であり、もしかしたら世界を動かすことにだって、つながるのかもしれない…。

 大愚和尚が以前、語っておられた「バタフライ効果」(※)の話を思い出しながら、そんなふうに思っています。

※ 蝶の羽ばたきのような非常に小さな出来事が、最終的に予想もしていなかったような大きな出来事につながること

 次回は、アメリカの精神病院勤務のなかで見られる子どもと10代の若者の傾向について、物語は進んでいきます。 

第29話はこちら

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ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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POSTED COMMENT

  1. 香穂 より:

    現在 地方で保護司をしています。いろいろな国の刑務所のホームページなど読んでいます。エンジェル氏のお話しとても興味深く拝読しております。いつもまた続きが読みたいと思います。よろしくお願いします。

    • エンジェル 恵津子 より:

      香穂さん、コメントありがとうございます。いつも読んでいただいているとのこと、とても励みになります。保護司をなさっているとのこと、さまざまな背景を持つ方々と接する中で、きっと深いご苦労や考えがあるのだとお察しします。そのようなご経験をお持ちの方に興味を持っていただけること、大変光栄です。これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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