逆境のエンジェル

逆境のエンジェル(第6話)イギリス留学

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験、挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 大学時代は、12年間の小・中・高生活での抑圧をふりほどき、それを埋めるかのように、さまざまな活動に参加しました。しかし、卒業間近になって将来が不安になり、次の進路に悩みはじめます。そして筆者は、救いを求めるように、自分探しのためのイギリス留学を決意しました。(第5話『成長と挑戦への旅路』はこちらからご覧ください)

憧れの外国生活

 イギリスでの日々は、文化の違いや新しい刺激に満ちていました。特に、ホームステイ先で出される食事には驚きの連続でした。日本では考えられないほどの、ゆで過ぎ・焼き過ぎの食文化は、話には聞いていましたが、本当に、ただ水からゆでただけの非常に柔らかいジャガイモやキャベツが、毎日のように食卓に登場するのです。

 それでも、それらにグレービーソースをかけた料理は意外と私の好みで、なかでも日曜日のローストビーフが添えられたサンデーディナーは、すっかり私のお気に入りになりました。

 カリカリに焼いたトーストやベーコンに、薄味のBBQソース風の豆(ベイクドビーンズ)を乗せて食べる朝食は、いまでもたまに無性に食べたくなります。そして、なんといっても紅茶が安くて美味しいのです! ビスケット(クッキー)やスコーンなどと一緒にいただき、1日に何杯も飲みました。

 週末には地元の習慣にならって、同級生たちと一緒に近くのパブを訪れました。そこで、炭酸入りレモネードやジンジャーエールとビールを半分ずつ混ぜ、最も小さなグラスに注がれたシャンディを片手に、ジュークボックスから流れる60年代の音楽に合わせ、近所の方々と踊ったり。彼らが語る音楽についての雑学も、大変興味深いものでした。

 時間を見つけては、安く行けるツアーやユーロスター(ロンドンから海底トンネルでフランスまで行ける電車)、コーチ(長距離バス)を使って、国内外の旅行も楽しみました。訪れた先では、数々の歴史的建築物や地元の伝統料理と出会い、そのときの感動はいまも鮮やかに甦ってきます。

ホームステイ先での珍事

 ホームステイ先は、別居中のホストマザーと幼稚園児、1歳半の女の子の、3人家族の家庭でした。ひと通りはうまくいっていましたが、ある日、ホストマザーの別居中の夫が麻薬と飲酒の影響で錯乱して家にやってきて、植木鉢を投げつけ、窓ガラスが粉々に割られる事件が発生しました。

 さらに、その用心棒として雇われたベビーシッターが、子どもたちを放置してどこかに行ってしまったことがありました。ひとりは泣き叫び、ひとりは怒っておもちゃへの八つ当たり。私はアタフタしながら、片言の英語と日本語で懸命にあやすも、余計に泣かせて怒らせてしまいました。

 ホストマザーが帰ってきたときには、私も子どもたちも疲れ果ててグッタリ。ソファーに座り込んで、肩を寄せ合いながらテレビを観ていたことは、いまとなっては懐かしい思い出です。

優しさに助けられ

 イギリスでは困難な状況に直面したとき、多くの人々の親切に助けられました。たとえば、重たいスーツケースを持って階段を上る際、近くを通りかかった見知らぬ人が手伝ってくれました。

 彼らはスーツケースを階段の上まで運んでくれ、私が後ろから上り切るのを待って、手を挙げて合図し、スーツケースを置いて何事もなかったかのように去っていくのです。そんなスマートな行動に感動しました。

 たどたどしい英語を、ていねいに聞いてわかってくれようとする姿勢にも、とても感激しました。近所で知り合った方のお宅にしばしばお茶に誘っていただくこともあり、何もかも楽しく魅力的で、1年間があっという間に過ぎていきました。

 しかし、人生には必ず自分を見つめ直す転機が訪れるものです。それは、留学も終わりに差しかかろうとしていた頃でした。

衝撃と反省

 ある日、語学学校の同級生である日本人から発せられた言葉に、ショックを受けました。「あなたの英語はメチャクチャなのに、よくそんなに楽しそうに話せるわね。みんなが優しくしてくれるのは、あなたが障害者だからで、本当は誰もあなたのことなんて好きじゃないのよ。そんなこともわからないの?」。

 いま振り返ると、私が自分探しの一環で留学したように、留学の背景には、みなそれぞれの事情があったのだと思います。外国生活では心に余裕がなくなることもありますし、彼女にも何かわだかまりや嫉妬があったのかもしれません。

 それに、私の英語も確かに未熟でした。また、背が低く子どもっぽいところもあったため、周囲からは子どものように扱われがちでした。そんな状況に甘んじて、どこか自己中心的で生意気な態度をとるなど、私の言動は少なからず浮かれていたのだと思います。

 とはいえ、彼女のこの言葉は、小学5年生のときに「すべてが嫌い」といわれた経験をフラッシュバックさせ、深く胸に突き刺さりました。そして、このできごと以来、他人からのほめ言葉が信じられなくなり、ほめられるほど、心がかたくなになっていくのを感じるようになりました。

 海外生活においてこの時期に感じていたことは、日本人留学生同士での、適切な距離感を保つことの難しさでした。同じ日本人だからこそ仲よくなれる反面、逆に排他的になることもあり…。日本人の小さくて窮屈なコミュニティがあるように感じられ、徐々に現地の日本人留学生との関わりが苦手になっていきました。

音楽療法士になる決意

 苦しみながらも、自分の今後のなりゆきを考えねばならない時期にきていました。ちょうどそのタイミングで、以前、音楽大学で受講した音楽療法と再び出会う機会が訪れました。

 イギリスで目にした音楽療法は、日本での学びとは異なるものでした。即興演奏や音楽を活用したアクティビティを通じて、セラピストとクライアントがコミュニケーションをはかり、感情を共有したり、言語や身体機能のリハビリテーションをめざしたり。この安全で創造的な手法には、深い感銘を受けました。この経験が、音楽療法士を目指す決意を固めさせたのです。

 自分の身体の障害や心の葛藤を考えたとき、長年関わってきた音楽に心理療法や医学的要素を含むこの分野は、とても魅力的でした。入試試験に向けて多くの関門がありましたが、無我夢中でそちらにエネルギーを注ぐことで、心の痛みを見ないようにしていました。

 しかし、ストレスによる記憶障害なのか、留学2年目と3年目の記憶は断片的で、ほとんど思い出せません。

 当時の写真を見直すと、私の顔には明らかに苦悩が見てとれます。性格がゆがみ、言葉遣いも厳しく、ときには意地悪さがにじみ出ていました。イギリスでの生活を懸命に築き上げようとするなかで、こうした変化が起こっていたのだろうと思います。

 次回は、音楽療法士になり、多種多様な活動をしながら、ホスピスでのボランティアを通じて学んだ経験や、イギリスでの自立へと物語は続きます。

第7話はこちら

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感想、メッセージは下のコメント欄から。皆様からの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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POSTED COMMENT

  1. SY より:

    恵津子さんへ

    毎回の連載が待ち遠しく、繰り返し拝読しています。その度に、恵津子さんが、若い日々の出会いや楽しさを謳歌される一方で、迷い苦しみながらもたくましく成長されていく物語に感動を覚えます。

    今回は、異文化に驚きながらもすぐに馴染まれていく様子や、周囲の人々との触れ合いや驚きの出来事など、イギリス留学のエピソードが生き生きと描かれていて、私自身の経験を思い出させてくれました。しかし、最も印象に残るのは、彼の地の偏見や人種差別による言葉ではなく、何と同邦人の同級生から投げられた、妬みと悪意に満ちた心ない言葉。今でこそ俯瞰した視点で、相手の気持ちにも思いを馳せ、ご自身の言動をも冷静に反省されていますが、まだ20代前半の当時、その言葉は鋭い刃物のように心を抉り、どん底に突き落とされたお気持ちだったことでしょう。苦悩ゆえに、他人の褒め言葉や親切に対して懐疑的になり、恵津子さん本来の明るさやさしさを一時的に見失ってしまっていたとしても、それは無理からぬこと。たかが人間関係されど、ですね。そんな苦しみを抱えながらも、新しい手法の音楽療法に出会い感銘を受け、将来の仕事と心を決めて自立を達成されていく...そんな経緯が展開する次回がますます楽しみです。

    がんばれ、えっちゃん!

    • エンジェル 恵津子 より:

      SYさん

      コメントありがとうございます!
      20代前半で若かったですね。。。
      それでも、思い返すとやはり幼かったなと。。。今でも、ある部分はあまり成長していないようにも感じます(苦笑)

      人間関係が自分に与える影響は計り知れず大きいですね。これは私のセンシティブな性格もあるのでしょうが、なかなかに興味深い心理の変化ですよね。
      今度、SYさんのご経験もぜひ聞かせてください。
      いつも心よせて頂いて、感謝しています。

      まだまだえっちゃん頑張ります!(笑)

  2. より:

    エンジェル 恵津子さんへ
    更新は月に一回と勝手に思い込んでいて、連載が進んできて驚きました
    一気に読んでしまいました☺️
    また、読み直して、2話から感想を書いていく楽しみを残しておきます。
    6話、SYさんのコメントにもありますが、生まれ育った地から離れた場所で同じ日本人からの心ない言葉。というよりかは、悪意を感じる言葉。過去の辛すぎる思い出と結びついて、言葉の倍以上に苦しい思いをされたかと…。
    けれど、彼女自身の何らかの葛藤や妬みだと振り返られてる今の恵津子さん!今を巧み生きていらっしゃると感じる一文でした。
    珍事については、映画みたいですね!ちょっとワクワクしてしまいました。
    今回、音楽療法士という仕事と恵津子さんの出会いを知れて嬉しかったです。
    次回も楽しみにしていますね!
    わたしも、えっちゃん応援しています!

    • エンジェル 恵津子 より:

      晶さん
      コメントと応援ありがとうございます。
      一気に読んでくださて、とても嬉しいです。

      心無い言葉や悪意のある言葉、生きている以上は、避けられないことでもあると思います。でも、これらの経験がのちの強さになって、現在のアメリカでの生活があるのだろうなと、今は思っています。

      珍事、あの時はもう、ハラハラしました!まさか自分が巻き込まれるとは思わないですよね。そして、幼児教育を学んだはずなのに、あの二人の女の子を上手にあやせなくて、テレビがあやしてくれた時には、少々凹みました(笑)

      まだまだ、挑戦は続きます。。。

  3. コスモス より:

    恵津子さんへ

    ベビーシッターのお話は、あたかも、私もそこにいたかの様な気分になり、恵津子さんと子だもたちのうしろ姿を見て、ソファーのうしろからホットする、自分の姿が見えました。恵津子さんの文章の表現力なんだと思います。音楽療法士。聞いたことがある程度なので楽しみにしております。ありがとうございます。

    • エンジェル 恵津子 より:

      コスモスさん

      コメントありがとうございます。
      ベビシッターが居なくなったときは、さすがにどうしようかと思いました。。。でも、ジュース飲みながら、ぺったりと私のそばにくっつてきた二人、やはり子どもはかわいいと思いましたね。

      いつもお読みいただいてありがとうございます。

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