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逆境のエンジェル(第25話) アメリカの医療差別とストレス

2025 5/16
連載記事 逆境のエンジェル
2024年7月15日2025年5月16日

➤逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

➤前回のあらすじ

 アメリカの高額で複雑な保険医療制度の内容と、医療現場で経験する差別の実態を語っています。(第24話『アメリカの医療保険制度と差別』はこちらからご覧ください)

目次

患者をゴミのように捨て去る現実

 「患者ダンピング(patient dumping)」という言葉をご存知でしょうか。

 アメリカにおいて長年の問題である患者ダンピング。日本語に訳すと「患者の放棄」。「dumping」の「dump」はダンプカーのことで、まるで砂利やゴミのように患者を捨てる、という意味から名付けられたといいます。

 事実、アメリカでは病院や医療施設が、無保険の患者、治療費を支払えない患者に、適切な治療を施さず退院させたり、他の施設に転送したり、挙げ句の果てには道端に置き去りにする、というケースが数多く報告されています。

 他の施設に転送といっても、実際には他の非専門施設などに放置されることが多いのが実情。いずれにせよ、患者は必要な医療やサポートを受けられず、社会に放り出されることになり、その結果、健康状態が悪化し、場合によっては死に至ることもあります。

患者ダンピングがなくならない理由とは?

 このような事態への対応策として、アメリカでは1986年、緊急医療治療および労働法(EMTALA)が制定されました。これは患者の放棄を防止するための法律で、病院が緊急医療の必要があるすべての患者に対し、その支払い能力にかかわらず、医療のスクリーニング(検査)と、必要に応じた治療を提供することを義務づけています。

 しかし、このような法律があっても、患者ダンピングは依然として存在しています。

 現に、私たちが南カリフォルニアに住んでいたとき、夫が患者ダンピングの現場に遭遇したことがありました。ある有名チェーンの飲食店の前に、車椅子に乗ったまま途方にくれていた若い白人男性。夫が話を聞いてみると、医療保険がないために病院から放り出されたとのこと。

 男性が足にかけたシーツをめくって見せると、素人目にも切断しなければ助からないと思うほど、その足は色が変わり壊死(えし)している状態だったそう。夫はタクシーを呼ぼうとしましたが、信頼できる家族や友人がいないから、世話になりたくないといわれ断念。

 さすがに医療費を肩代わりする金銭的余裕はないので、夫はいくらかの現金と飲み水を渡し、その場を立ち去りましたが、少し離れたところにもうひとり、やはり置き去りにされた人がいたといいます。

 彼らのその後の行方はわかりません。

 私がときどき週末に勤務する地元の精神病院でも、同じようなことが起きます。緊急で入院してきた患者は、精神状態が決して良好といえないにもかかわらず、入院期間は平均1〜3日ほど。

 同じ患者がくり返し運ばれてくることも少なくありません。患者のなかには日本人や日系人もいます。多くの患者は経済的に困窮しているため、入院してもすぐに退院しなければならず、患者の抱える問題の解決には少しもなっていないのが現状です。

 こうした問題の根本には、医療システムの不平等、医療保険の不足、社会的サポートシステムの欠如などがありますが、医療機関の財政的圧力や資源不足も大きな原因となっています。無保険の患者が医療を受ける手段として、ER(緊急医療)を利用するため、貧困層や高齢者で病院側がパンク状態に。医療従事者不足も深刻で、その結果、患者の受け入れを拒否したり、患者放棄に至ってしまう現実もあるようです。

黒人の医療不信の原因となった“闇の歴史”

 患者ダンピングに加え、ある理由から、医療に対する不信感を抱く黒人も数多くいます。

 コロナワクチンが完成目前という時期、黒人の間からワクチンに対して懐疑的な意見が多く聞かれ、打たないつもりと答えた人が、全体の60%近くに上ることがニュースになっていました。新型コロナウイルスによる黒人層の重篤化や死亡者数は、白人のおよそ2倍であるにもかかわらず。

 その原因は、黒人を人体実験に使った多くの歴史があるからです。

 なかでも1930〜70年代にかけて行われた、「タスキギー梅毒実験」がよく知られています。これは米公衆衛生当局が、アラバマ州の黒人男性600人を対象に行った人体実験で、目的は梅毒の症状の進行を追跡・観察することでした。

 この実験は、被験者にその事実を隠して行われ、治療も意図的に遅らせていたようです。その結果、多くの死者を出してしまったのですが、1972年に世間に知れわたり、社会問題となるまで、この実験は継続して行われました。

 もうひとつは、ミシシッピー盲学校で行われたとされる実験。1950年代に黒人の子どもたちを対象にしたこの薬剤テストは、参加する子どもたちやその保護者から、十分な同意を得ることなく、また彼らに適切な情報を提供せずに実施されたといいます。

 この実験に関する詳細な記録や公式文書は、一般に公開されていないため、実施範囲、目的、結果について具体的なことはわかりませんが、いずれにせよ倫理的基準に欠けており、特に少数民族の子どもたちを不当に利用したことは事実です。

 こうした歴史的背景から、黒人の医療不信は根強く、私の夫も長い間、コロナワクチンの接種をためらっていました。

 ワクチンだけでなく、体調が悪いときでも病院にはほとんど行かないため、私の心配が高じてしまい、それが口論の原因になることもしばしばです。しかし、不平等な医療ケアはいまも存在するのですから、それも致し方ないことかもしれません。

 同僚の黒人女性は、急病のため入院することになったとき、彼女の夫や家族が交代で病室に泊まりこんだと教えてくれました。これもやはり、医療不信によるもののようです。

お金があっても医療を受けられないなんて…

 医療の現場でも存在する人種差別は、健康に多大な被害を与えています。1999年、米国医学研究所の委員会では、黒人やその他の少数民族が受ける医療の質が、白人と比べて劣ることを、科学的に根拠に基づいて指摘しました。

 この問題は、基本的な治療から高度な技術を要するものまで、幅広い医療サービスに及んでいます。

 それから20年以上経った現在も、私自身の経験や、夫の受けた医療処置を見る限り、あまり大きな変化があるように感じられません。

 医療保険に入っていても、たいていの国では、よりよい医療を受けようとすれば、ある程度まとまったお金が必要でしょう。しかしアメリカにおいては、仮にお金を持っていても、人種によっては適切な医療が受けられないのです。

 この現状を目の当たりにすると、アメリカで年老いていくことに不安を感じ、定年になったら自国へ帰るという移民(日本人を含め)が多いことに納得がいきます。

 だからこそ、医療を受けられることを、当たり前と思ってはいけないと感じています。この恩恵は、多くの人々の犠牲の上に成り立っている。まさに「有り難い(有ることが難し)」ことなのだと痛感しています。

 次回は、医療にみる差別、特に黒人女性の産後死亡率の実態と、組織的人種差別の現状について語っていきます。

第26話はこちら

記事の一覧はこちら

(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)

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  • 「自分が変われば自然とまわりも変わってゆく。」2024年6月29日:仙台大愚道場〈参加者の声〉

この記事を書いた人

エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

アメリカで音楽療法の仕事に携わりながら、異文化、人との出会い、心の問題、社会などをテーマに執筆。日々の経験や感じたことを、心理学や仏教の教えと重ねながら、「逆境のエンジェル」「カルチャーブリッジ」などで綴っている。歌、折り紙、スヌーピー、和スイーツが好き。

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