令和6年1月1日、石川県能登半島に甚大な被害をもたらした能登半島地震。そして同年9月、再び大規模な被害をもたらした奥能登豪雨。あれから約2年が経ちましたが、復興はどれくらい進んでいるのか気になります。
このコーナーは、石川県能登町の出身で、ご自身が住職をつとめるお寺が大きな被害を受けた、福厳寺の副住職・雄興知哲さんの視点を手がかりに、『寺町新聞』の編集部員が能登のいまをお伝えしたいとスタートさせました。故郷を愛する知哲和尚の思い出とともにつづる能登の旅に、さあ、あなたもご一緒しませんか。
(前回のあらすじ)
「和倉温泉へ行ってみてはどうですか」という知哲和尚の言葉に背中を押され、赴いた和倉の地。そこで目にしたのは、随所で解体工事が進められている町の姿。震災から2年近く経つのに、復興というにはまだほど遠い現状でした。そうした厳しい現実を突きつけられ、途方にくれながら歩き続けていくと、黄色くはためくあるものが目に飛び込んできました。(前回については「和倉温泉編 Part1」をご覧ください。

まるでそこは、ビーチサイドのカフェのよう
能登の被害状況の深刻さに衝撃を受け、うなだれた気持ちで町を歩き続けていると、突然、視線の先に現れた、黄色いもの。それは、山田洋次監督の映画『幸福の黄色いハンカチ』のラストシーンを彷彿(ほうふつ)とさせる光景でした。
いったいこれは何なのでしょうか。
不思議に思い近づいて行くと、そこにはプレハブ小屋のような小さな建物がポツンと建っていました。この建物の真上に立てられたポールに、黄色いハンカチを施したロープが結ばれています。
そして、元気よくはためくハンカチの下には、「お食事処」と記された看板が。さらに「NOW OPEN!」と赤文字で染めぬいた黄色い横断幕が、道ゆく人の目を惹きつけます。

「ここは飲食店なのだな」。
そう理解し、建物の向こうに回り込むと、砂利状の地面の一部にコンクリートを打って整えた、オープンエアーなスペースが出現。ここに4人がけのテーブルセットが2つほど。プレハブの建物のなかにも、テーブルやイスが並べられています。
ここは震災後に、簡易的につくられたお店のようです。しかし、この雰囲気はなんでしょう。明るく開放的で、まるでビーチサイドのカフェのような、そんなのびやかさが感じられます。
興味津々で思わずのぞき込むものの……でも、誰もいません。
「まだやっていないのかな?」。そう思った次の瞬間、後ろから声をかけられました。

営業できない、でも停まっていられない!
「いらっしゃいませ、こんにちは」。ふりむくと、やわらかな笑みをたたえた女性が、こちらに向かって歩いてきます。
「開店時間はまだなんですが、よかったらお入りになりませんか」。喜んで応じると、外は暑いからと「ここで涼んで、ゆっくりしてくださいね」と、プレハブの客室に通していただき、エアコンの電源を入れてくださいました。

その方は、こちらのお店の店長、坂下由香さん。和倉生まれの和倉育ち、生粋の和倉っ子だそうです。
実はこちらのお店、七尾市の能登島でイルカウォッチングやカフェを営業されている「海とオルゴール」の支店で、能登島の本店は由香さんのお母さまが運営されています。
もともと料理をつくることが好きだった由香さんは、さまざまな現場で調理の経験を積んだ後、本店で働きお母さまを助けてきました。
それが、令和6年1月1日に発生した能登半島地震で、本店の事務所が倒壊。営業停止を余儀なくされてしまいました。
それでも、じっとしているわけにはいきません。少しでもお母さまの役に立ちたいとの思いから、ここ和倉に店舗をオープンさせることを決意しました。職人の方々の力を借りながら、友人らと一緒に、ペンキ塗りから左官作業まで、すべて手づくりでこの店を完成させたのだそうです。

ちなみに、お店の目印にと掲げているあの黄色いハンカチ、それはやはりあの名作映画『幸福の黄色いハンカチ』のラストシーンになぞらえているそうです。
「まず和倉から」を実践する人
昨年4月6日に無事、オープンを果たした「海とオルゴール」和倉店は、能登産の食材にこだわったランチとスイーツがいただけるお店。お米は能登の志賀町産、唐揚げの下地には奥能登の魚醤(ぎょしょう:魚介類などを原料にした調味料)「いしる」を使用しています。また、由香さんが県外に住む娘さんと一緒に開発したというドーナツは、予約注文のみで受け付けている人気商品です。
この日、涼しい店内で、由香さんオススメという「日替わりおかず定食」をいただきながら、のんびり過ごしていると、地元の男性ひとり客が、何人も来店。すでに常連のお客さまのようで、ここがひとりでもふらりと立ち寄れ、くつろげる場所になっていることを実感しました。


地元食材のみを使った「日替わりおかず定食」
さらには県外からもお客さまが訪れています。聞けば「能登を応援したい」との気持ちで、このお店に何度も足を運んでいるそうです。
由香さんはいいます。「生まれ育った和倉から、七尾を元気にしていきたい。当店が復興のシンボルになれるよう、がんばっていきたいです」。

この言葉を聞いたとき、これはどこかで聞いたことがあるな、と感じました。
そう、それは知哲和尚の「まずは和倉が元気になってもらいたい。それが能登全体の復興を牽引する力になる」という言葉です。
この知哲和尚の願いは、何よりも和倉の人たちが自覚し、実践しています。和倉の人たちの心のバイタリティを感じたことで、たとえどんなに道が険しくても、必ずや和倉は、能登は、復興を遂げることができると確信しました。
そのためには、私たちもしなければならないことがあります。
それは「能登を忘れない」こと。
何ができるかわからない、大したことは何もできないかもしれない。
でも、能登を忘れないでいれば、被災した地域の明日のために、いつか光を当てる術(すべ)が見つかるかもしれません。
だからこそ、また能登の旅に出かけようと思います。次も、知哲和尚の思い出を、手がかりにして……。

あとがきに代えて
深刻な被災状況によりしばらく営業を停止していた、由香さんのお母さまが運営される能登島の「海とオルゴール」は、現在、営業を再開されています。こちらは、美味しいお料理や、イルカウォッチングが楽しめる、能登島を代表する人気スポットです。
由香さんが店長をつとめられた和倉店は、本店が軌道に乗ったこともあり、今年6月に一旦、閉店となりました。和倉店も素敵なお店だったので、残念な思いもありますが、次なる飛躍に向け構想中という由香さん、今後の展開がとても楽しみです。
損傷が激しく、なかなか営業の目処(めど)が立たなかった老舗旅館「加賀屋」も、先ごろ新館の建設を発表しています。建築家・隈研吾氏が設計を担当するという新旅館は、現在の加賀屋から少し離れた場所に建設を計画し、営業再開をめざしているそうです。
実際に現地に赴くと、復興への道のりが極めて厳しいことを身にしみて感じます。でも、ここでは誰も立ち止まってはいない。みなさん、前を向いておられるのです。能登の方々からは多くの学びと気づきをいただくことができ、感動するとともに、心より感謝しています。
このたび、本記事掲載にあたりご快諾をいただいた、和倉のみなさま、とりわけ「海とオルゴール 和倉店」店長の坂下由香さんには、心より御礼申し上げます。ありがとうございました。また機会を見つけて、和倉のみなさまに会いに行きたいです。
※ 記事の内容は、おもに2025年9月末の取材時点の状況をもとに作成しております。ご了承ください。


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