逆境のエンジェル

逆境のエンジェル(第18話) 職場を変えた理由

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 刑務所の構造や、監獄ビジネスの実態について触れ、なぜ黒人やヒスパニックの受刑者が多いのか、その理由について語っています。(第17話『刑務所は現在の奴隷制度』はこちらからご覧ください)

 

折り紙から見える人生

 受刑者たちとの交流から得たやりがいは計り知れません。特に、刑期の終わりが近づき、釈放が目前に迫る彼らに、「二度とここには戻らないように」と励ますときや、彼らの長所や将来への可能性を見出した瞬間は、深い達成感に満たされました。

 孤独な独房生活や長期にわたる刑期が原因で、抑うつ状態になっている受刑者たちが、折り紙を通じて前向きな気持ちを取り戻そうと努力する様子も、大変心に残ります。自らの感情を込めた詩や、歌に乗せた歌詞を、それぞれ深く考察しながら自身の人生を振り返る時間。それは、彼らにとっても、私にとっても、非常に有意義なものでした。

 うつ病が深刻になり、私の勤める棟に再入院してきた受刑者が、私の顔を見て笑顔で「ずっと折ってたんだよ!」と、小さくちぎった紙で折られた、たくさんの折り鶴を見せてくれたことがありました。折り紙は安全で安価にできるアクティビティのひとつとして、刑務所内ではよく行われています。

 ある受刑者は、折り紙が人生とどう似ているのかを語ってくれました。平坦な紙から始めて、簡単な形から折り始めるものの、何度も失敗を重ねます。しかし、自分で工夫し練習を積むことで、徐々に複雑な形をも折り上げることができるようになる。それは、まさしく人生のようだと彼はいいました。

 この話を聞いて以来、折り紙の指導では、人生は無限の可能性を秘めており、何度でもやり直しがきくというメッセージを伝えるよう心がけています。また、目標を定め、指導された通りにていねいに作業を進めることの重要性も、同時に強調しています。

これ以上は無理!!

 受刑者との関わりは学びが多く、彼らとの関わりには充実感がありました。同僚のなかにも意識の高いセラピストが多数いて、そんな彼らと意見交換したり、学会発表をしたりと、貴重な経験も数えきれません。しかし、ベイエリアに移住してから2年が経ったころ、私は転職を考えるようになりました。

 片道約2時間、車を運転しての通勤が、かなりの負担であったことは事実です。しかしそれ以上にストレスだったのが、刑務所での労働環境にありました。受刑者に対する刑務官の過度な暴力や、軍隊のような厳格な体制に、耐えがたい苦痛が生じていたのです。

 あるとき家に帰ると、夫から「命令口調になっている」と指摘され、ハッとしました。自分では気づかなかったのですが、確かに心に余裕がなく、いつもどこか苛立っていたように思います。このままこの環境にいては、自分の性格が硬くなり、優しい気持ちが失われてしまう…。そのことに恐れや大きな不安を感じるようになりました。

 それでも相変わらず、日々職場を支配するのは、ピリピリと張り詰めた空気。思いやりが欠如した環境では、暴力がどんどんエスカレートしていきます。そしてある日、とうとう受刑者が重傷を負って、病院に搬送されてしまいました。その場面を見たとき、「これ以上は無理だ!」と。耐えられない気持ちが、もうピークに達していました。

ええっ!! ライフル!? 背筋が凍るような恐怖

 職場の上層部に対する疑念も、離職したい気持ちに拍車をかけました。ある年、クリスマスシーズンに向けて、貧困家庭を支援するための募金活動が行われました。その際に行われたくじ引きで、刑務所の長が提供した一等賞が、なんと!半自動ライフル銃だったのです。

 この銃は、軍で使用される同様のタイプのものですが、民間でも購入が可能です。しかし、過去に銃乱射事件にも使われたことがあったため、その銃の写真が職場のメールで送られてきたときは、驚きを超え、背筋が凍るような恐怖を感じました。

 のちにクレームがつき、銃は景品リストから外されましたが、このような価値観を持つ人が組織のトップにいるという事実に、私はもう、その職場で働くことができないと感じました。

 アメリカでは銃の所持が合法で、州によっては公然と携帯することも許されています。聞くところによれば、自宅で数十丁、ときには百以上の銃をコレクションする人もいるといい、枕元に護身用ピストルを常備している家も多いそうです。

 しかし、銃の所持が認められていない日本やイギリスでの生活経験からは、このような状況は理解しがたいものでした。アメリカの銃文化や、それに関連する社会的・経済的な背景をどれだけ知ろうとも、銃の所持問題については、私の心の波立ちが収まることはなく、つねに不安と動揺を感じていました。

 そんななか、州の刑務所内にある司法精神科病院が吸収され、完全に刑務所の管轄下に置かれるという決定が下されました。そうなると、刑務所の過酷な現状は、さらに加速していくことが明白です。そう考えた私は、これを機に転職を決意しました。

 幸いにも家の近くの施設で職員の募集があり、内部移動を申請したところ、面接を経て無事採用されました。それが現在、私が勤めている病院です。

 次回は、新しい職場環境や、そこで遭遇した問題について語っていきます。(5月27日夜7時更新予定)

第19話はこちら

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Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景 その⑨

 アメリカには日本の92倍もの刑務所があり、このうち8%を、民間企業が運営する「民間刑務所」が占めています。民間刑務所の存在理由としては、コスト削減や効率を上げることが比較的容易なほか、公共の刑務所が過密状態になる問題を緩和する目的もあるようです。

 民間刑務所には受刑囚の労働に対し、一人あたり30ドルから200ドルほどが、毎日、州や国から支払われます。つまり、千人いれば1日3万〜20万ドル、1カ月で90万〜600万ドル。日本円にしておよそ1億4000万円〜3億円以上の収入になるわけですが、そのうち1円も、受刑囚に支払われることはありません。民間刑務所はあくまで利益追求を目的としているため、人権に対する意識が極めて低く、300人以上が大部屋で雑魚寝のように生活するなど、受刑囚は劣悪な環境下に置かれているようです。しかし、民間では内訳を公にする必要がないため、実態は闇に包まれています。

 1980年代から1990年代にかけて、アメリカは犯罪に対する「厳罰化」政策を採用しました。これによって、小さな犯罪であっても重い刑罰が科されるようになり、逮捕者数が増加。その背景には、「安価な労働を提供する刑務所を空にするわけにはいかない」という意図が見て取れます。昨今、躍起になって警察が違法を取り締まるのも、そうした事情と無縁ではないと考えられます。

感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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