逆境のエンジェル

逆境のエンジェル(第14話) 結婚後のチャレンジ

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 2年の交際期間を経て、「結婚」という新たな扉を開いた筆者。しかし、そこで待ち受けていたのは、義理の親との複雑な関係でした。さらにその後、結婚式に向かう道中でも、思いがけないハプニングに見舞われました。(第13話『異文化間結婚でのチャレンジ』はこちらからご覧ください)

価値観の違いは超えられる?

 「夫婦というのはお互いが研磨石であり、結婚生活はお互いを磨いていく旅である」。そんなことを、誰かがいっていたのを覚えています。

 その言葉どおり、結婚後、私たち夫婦は多くの困難に直面しました。夫婦間のすれ違いや口論は、しばしば価値観の違いによるものといわれますが、私たちも例外ではありません。

 共同生活のなかでは、子ども時代の体験や、トラウマが顔を出すこともあります。まさに第2話の冒頭でお話ししたようなことが起こるのです。

 夫においても、ときとして、私の言動が彼の母親を思い起こさせ、口論になることがありました。その都度、私は彼の母親でないことを思い出させ、投影反応(※)から呼び戻す努力をしなければなりませんでした。

 それでも、私たちは基本的な価値観の核が似ているため、最終的にはなんとか互いを尊重しあい、再び前を向くことができました。しかし、物の見方や感じ方の違いは、物の所有量、金銭管理から、祝日の祝い方や休日の過ごし方に至るまで、さまざまな形で影響し、しばしば衝突の原因となりました。

※ 自分のなかの受け入れがたい部分を、他人のものだと思い込む心の防衛反応

「エンジェル」の名前も標的に!

 結婚直後、夫は担当していたクラスが減らされ、仕事を失いました。その後、見つかった教員の仕事でも、非常に不公平な扱いを受け、辞めざるを得なくなりました。

 理由は、彼がかつて上司や教育委員会を、法的手段で訴えたことにあると考えます。彼は、6年間にわたり昼休憩を一度も与えられなかったことがありました。何度改善を要求しても、無視されることが続き、結局、訴訟に踏みきるしかなかったのです。

 裁判で、彼は勝訴しました。しかし、これにより名前がブラックリストに載ってしまったのでしょう。以来、それまで以上に、さまざまな場面で嫌がらせを受けるようになってしまいました。

 仕事が削減されたのは、裁判に対する報復的措置であることは明らかで、再就職しようにも、なかなかうまくいきません。弁護士にも相談しましたが、それを証明することは困難であり、多大な費用がかかると諭されてしまいました。

 その後も、なんとか職を得ても、嫌がらせやいじめに遭遇し、退職を余儀なくされることが続きました。仕事に就けないのは人種差別だけでなく、彼の学歴も原因でした。アメリカでは有色人種、特に黒人において、高学歴は必ずしもメリットではなく、彼は学歴の高さと体格の大きさから、威圧的な人間だと受け取られ、敬遠されることが多かったようです。

 夫が仕事に就けない状況が続き、私たち夫婦は、経済的にも精神的にも追い詰めらていきました。言い争いが毎日のように起こり、別れの文字が頭をよぎったことは一度や二度ではありません。家も売却せざるを得ない状況になってしまいました。

 私にとってもこの時期、職場いじめが頂点に達していました。結婚したことへの嫉妬や嫌がらせも増え、現に同僚の一人が「私でさえまだ結婚できていないのに、なぜ恵津子ができるわけ?」と、騒いでいたとの報告を受けたこともあります。

 のちにわかったことですが、「エンジェル」という結婚姓も標的になっていました。

 夫のファミリーネーム「エンジェル」は、アメリカではめずらしい名前ではありませんが、「天使」という意味もあるため、それが嫉妬や嫌がらせの原因になりました。エンジェルというと「白」を思い浮かべる人も多く、有色人種である夫も私も、「エンジェルの名にそぐわない」と陰口をたたかれてしまうわけで…。それはいまでもよくあることです。

 当時は、私の持病も悪化し、心身ともに苦しい状況が続いていました。しかし夫は、決してあきらめることなく、他の州の学校にも求職し、ひたすら前進するというスタンスを崩しませんでした。

 そしてついに、夫は北カリフォルニアで教職の仕事を見つけることができました。私たちは南カリフォルニアからの引っ越しを決意し、新たな生活を始めることとなりました。

南から北への大移動

 私は、南カリフォルニアでの諸々の手続きをすませ、2カ月遅れで、先に現地に到着している夫と、北カリフォルニアで合流することになりました。

 引っ越しの日、私は友人とともに、借りたトラックに家財道具など荷物を運び込みました。私の愛車であるミニクーパーの「クーちゃん」もカーゴに乗せて、さあ、南から北への大移動の旅に出発です!

 大きなトラックを運転するのは、生まれて初めての経験で、滑り出しは順調。渋滞などもなんのその、友人と楽しくおしゃべりしながら、ピクニック気分で運転していました。

 しかし道中、急な坂道を降りる際、焦げ臭い匂いがし始めました。さらに、パーキングエリアにたどり着いたところで、トラックのスピードが出なくなってしまったのです。ブレーキの過度の使用による摩擦で、焼けつきが起きたことが原因のよう。私たちはロードサイドサービスを呼び、応急処置を施してもらい、なんとか夜遅くにモーテルに到着しました。

クーちゃんの大怪我

 翌日は早朝に出発、昼ごろには夫の待つアパートに到着する予定でした。しかし、またしてもトラブルが。目的地まであと40キロのところで、再びトラックのスピードが出なくなってしまったのです。私たちは高速道路を降りて、救助を待つことにしました。

 その間、約2時間。ようやく救助が到着し、トラックが牽引されることに。そしてクーちゃんを、カーゴから降ろして別のトラックに移すよう、係員から指示されました。

 いわれるがままに、アクセルを踏んでカーゴから移動しようとすると、今度はクーちゃんにトラブルが発生。係員の指示通りにもう一度強くアクセルを踏むと、ガタッバキッ!と、なんとも不吉な音が… 。実はクーちゃん、チェーンでつながれており、無理に車を発進させようとした勢いで、サスペンションが曲がってしまったのです!

 夫に電話で状況を説明すると、車のトラブルに人一倍敏感な彼は、心配のあまり怒りで声を荒げました。やっとの思いで骨折したクーちゃんと荷物をアパートに運び込んだのは、もう外が薄暗くなってからでした。

 夕食を作って待ってくれていた夫からは、いきなりの小言とお説教。「なによ、ねぎらいの言葉もないわけ? そんなにいうなら自分で運転してくればよかったでしょ!」と、私も思わず反発。

 引越しの連絡が行き違いになるなど、私のコミュニケーション不足により夫が手伝いに来られなかったのに、その責任を棚に上げ、さらには運転の疲労も重なって…。終始ふてくされた様子の私に、「どっちが夫でどっちが妻なんだか」と、一緒に来た友人は、笑ってその場を丸く収めようとしてくれたのでした…(苦笑)。

 ちなみにクーちゃんは、牽引に来てくれた会社が損傷の責任をとって、きちんと治療して(直して)くれました。その後、新しい職場までの通勤で毎日大活躍したことも、ここで述べさせていただきます。

 次回は、新しい職場で患者が発した衝撃の言葉から学ぶ、組織的・社会的人種差別について物語を進めていきます。

第15話はこちら

バックナンバーはこちら

Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景 その⑤

 アメリカでは、黒人男性教師の割合がわずか1.6%と、極端に少ない現状があります。そのおもな理由は、経済的なものや、教育格差などによる、高等教育へのアクセスの困難が挙げられます。さらに、学内にはびこる偏見や人種差別も、黒人男性が教師をめざす際の大きな障害となっています。歴史的な背景も影響しており、以前行われていた人種隔離政策や、のちの物語で触れる、学校から刑務所へのパイプラインの問題は、いまも教育界に暗い影を落としています。

 これら問題の解決には、歴史教育の充実、教師への適切なトレーニング、学ぶチャンスの増加、人種に限らずに平等に高等教育が受けられる環境作りなど、「教師になりたい」という目標をあらゆる人種の人が抱けるような、支援策が必要だと考えます。

感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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POSTED COMMENT

  1. SY より:

    えつこさんの物語を拝読して、自分の経験を振り返れば、結婚生活の楽しい幸せな時間よりも、衝突や危機を乗り越える時間を通じてのほうが、より絆を深められるような気がします。過去形ではなく現在形です、フフフ。

    • エンジェル 恵津子 より:

      SYさん

      コメントありがとうございます。

      おっしゃるように、一つ一つ乗り越えて、絆が深くなったように思います?!

      そして、次は何が来るのかとドキドキしながら、まだまだ現在進行形です…(笑)

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