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逆境のエンジェル(第9話)アメリカでの生活

2025 5/16
連載記事 逆境のエンジェル
2024年3月18日2025年5月16日

➤逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

➤前回のあらすじ

 やっと念願の正社員として仕事をオファーされるも、EU加盟国追加による移民法の締めつけにより、強制退去に。泣く泣く日本に帰国しますが、アメリカで音楽療法士を募集しているとの情報を得て、面接を受けたところ、無事採用。渡米が現実のものとなりました。(第8話『強制退去からアメリカへ』はこちらからご覧ください)

目次

アメリカ生活開始

 2008年の春、私は新たな人生を始めるため、アメリカに渡りました。

 右も左もわからない土地での生活に不安はありましたが、それより、ようやく自立できるのだという喜びの方が大きく、いいしれぬ興奮が湧き上がってきたのを覚えています。

 渡米後はすぐに、アパートの賃貸契約、銀行口座の開設、中古車の購入と、新生活のスタートに向け、準備を整えていきました。

 最初の職場では日本人の同僚が数人いて、彼らから日用品を購入できる店など、生活に必要な情報を教えてもらいました。

 アパートを借りる際にはデポジット(保証金)が必要でしたが、同じ日本人というだけで、面識のない私の保証人になってくださる方が現れるなど、人の親切にも恵まれました。

 職場の上司からのサポートも手厚く、まだ車のない私が健康診断に行くときには、大きなトラックで送り迎えをしてくれたり。

 仕事初日にはランチに誘われ、職場での人間関係や、パートナーとの協力関係、職場環境への適応の仕方など、多様なアドバイスをいただきました。

 この上司は、自身もメキシコからの移民であるため、同じ移民である私を気がかりに思ってくれたのでしょう。

 アメリカで音楽療法士として働くには、不可欠なギターのスキル。なのに、左腕の変形によりギター演奏が困難だと知った彼は、私がウクレレを弾けるのならと、バリトンウクレレ(※)を勧めてくれました。

 そんなふうに、上司からは、自分に合ったペースで学習し、成長していくことの重要性を教わりました。その後も多くの支援を受け、それが、さまざまな苦難を克服する上で、大きな力となりました。

※ウクレレのなかで最も大きなサイズのひとつ。深い音域を持ち、ギターに近いチューニング(D-G-B-E)が特徴です。

犯罪容疑者が収容されている精神病院

 私の勤務地は、カリフォルニアの州立司法精神科病院でした。司法精神科病院とは、犯罪容疑の被疑者または有罪になった受刑者で、精神疾患の治療が必要だと、裁判所が認めた患者が収容されている病院を指します。

 カリフォルニア州内には、それぞれ異なるセキュリティレベルを持つ司法精神科病院が5つ。かつては刑務所内に設置されている病院もありました。

 最初に勤務した南カリフォルニアの病院には、大きく分けて2つのグループの患者が収容されていました。

 1つめは、精神障害のため裁判に臨む能力がないと判断された、犯罪容疑者のグループ。彼らに対する治療目的は、薬物治療やさまざまなセラピーを通じて、裁判に臨める状態に回復させることです。

 もう1つは、犯罪を犯したものの、精神疾患により善悪の判断ができなかったと診断された受刑者のグループで、これらの患者を、社会に安全に復帰できる状態にすることが治療の目的です。

 施設では、医師、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、音楽・アート・運動を用いたリハビリテーションセラピストなどが、患者のケアにあたります。

 院内は、塀とバラ鉄線で囲まれた厳重なセキュリティ体制が敷かれており、専属の警察官が常駐。

 職員が敷地内に出入りする際は、二重の重い鉄格子の扉を、警察官が開けてくれます。病棟やオフィスの各扉にも鍵がかかっており、自由に行き来することができない状態にありました。

 院内にはほかにも、大工や消防士までいて、内線工事やITなど、ほぼすべての問題を解決できる体制が整っており、小さな村のような環境が形成されています。

 収容されている患者数は、およそ1,500人。これに対し、職員の数は2,400人以上にのぼります。

 ここで私は、患者の症状緩和、コミュニケーションスキルの向上などを目的に、音楽やレクリエーション的要素を取り入れたセラピーを実施。

 ときには、趣味で習った社交ダンスやラテンダンスを取り入れながら行いました。

キアラさんとの出会い

 南カリフォルニアにあるこの州立病院には、6年にわたり勤務しました。

 その間、特に印象深いのが、黒人女性の患者、キアラさんとのセラピー経験です(プライバシー保護のため、名前や具体的な状況は実際のものとは異なります)。

 キアラさんは、公務執行妨害とスピード違反の罪で起訴されました。これらの罪は通常、罰金で済むものですが、彼女は収監されました。

 精神疾患によって幻覚が生じてしまい、職務質問を拒み逃げたことが、公務執行妨害にあたるというのです。

 彼女の場合、本来なら精神病院での治療を受けるべきところです。なのに、裁判所は彼女に有罪判決を下し、司法精神科病院に2年間入院させるという、医療観察法処分を科したのです。彼女には前科がないというのに。

 それでも彼女は、非常に前向きで、実に聡明な女性でした。自身が受けた不公平な扱いと人種差別に気づいていながらも、屈することなく、毎日を懸命に生きていた…。

 そんな彼女との会話は、いつもとても楽しいものでした。

 ある日私は、キアラさんからピアノを教えて欲しいと頼まれました。彼女には手足に障害があったので、ピアノを弾くことは容易でなかったはずです。

 それでも彼女は、毎日、指が痛くなるまで練習に励みました。

 そして、病棟で開催したコンサートで、彼女は練習の成果を披露。その見事な演奏に、場内にいた誰もが惜しみない拍手を送りました。

 どんな困難を抱えていても、努力と熱意があれば乗り越えられる。キアラさんは、そのことを身をもって示してくれました。

 やがて、退院の日が訪れました。そのときもらった、彼女からのサンキューカードとハグ。それは私にとって特別な贈り物でした。

 患者との身体的接触は禁じられていましたが、私は彼女のハグを受け入れ、これからの人生を心から祝福しました。

 キアラさんからもらったカードは、いまも私の大切な宝物です。

 次回は、私がアメリカに抱いていたイメージとのギャップ、そして人種差別の経験へと話を進めていきたいと思います。

第10話はこちら

記事の一覧はこちら

Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景 その①】

 アメリカでは、黒人コミュニティは長い間、人種差別的な法執行の影響を受けてきました。これには不当な逮捕や過剰な刑罰が含まれ、多くの場合、人種プロファイリング(※)や偏見に根ざした奴隷制の歴史からの慣行によって引き起こされます。

 統計と研究は、黒人が白人よりも高い確率で警察に停められ、逮捕され、厳しい刑罰を受けることを示しています。これらは、アメリカの社会的・経済的不平等を加速させ、公正な司法への信頼を損なう原因となっています。
※人種や肌の色を理由に捜査対象を選ぶこと

(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)

連載記事 逆境のエンジェル

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この記事を書いた人

エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

アメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。音楽以外にも折り紙を用いたセラピーも好評。厳しい環境の中でも、慈悲深く知恵ある人を目指しています。
歌、折り紙、スヌーピーと和スイーツが大好き。

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