➤逆境のエンジェルとは
アメリカで暮らす筆者が、異文化のなかで感じる違和感、人とのすれ違い、老いや心の揺れ、ときには自分自身の失敗を通して、「人はどうすれば、思い通りにならない人生をよりよく生きられるのか」を考えます。仏教の教えも交えながら、日常のなかにそのヒントを探す連載です。
➤前回のあらすじ
やっと念願の正社員として仕事をオファーされるも、EU加盟国追加による移民法の締めつけにより、強制退去に。泣く泣く日本に帰国しますが、アメリカで音楽療法士を募集しているとの情報を得て、面接を受けたところ、無事採用。渡米が現実のものとなりました。(第8話『イギリスで就労許可が下りず帰国――失意の先に開いたアメリカへの道』はこちらからご覧ください)
アメリカ生活開始
2008年の春、私は新たな人生を始めるため、アメリカに渡りました。
右も左もわからない土地での生活に不安はありましたが、それより、ようやく自立できるのだという喜びの方が大きく、いいしれぬ興奮が湧き上がってきたのを覚えています。
渡米後はすぐに、アパートの賃貸契約、銀行口座の開設、中古車の購入と、新生活のスタートに向け、準備を整えていきました。
最初の職場では日本人の同僚が数人いて、彼らから日用品を購入できる店など、生活に必要な情報を教えてもらいました。
アパートを借りる際にはデポジット(保証金)が必要でしたが、同じ日本人というだけで、面識のない私の保証人になってくださる方が現れるなど、人の親切にも恵まれました。
職場の上司からのサポートも手厚く、まだ車のない私が健康診断に行くときには、大きなトラックで送り迎えをしてくれたり。
仕事初日にはランチに誘われ、職場での人間関係や、パートナーとの協力関係、職場環境への適応の仕方など、多様なアドバイスをいただきました。
この上司は、自身もメキシコからの移民であるため、同じ移民である私を気がかりに思ってくれたのでしょう。
アメリカで音楽療法士として働くには、不可欠なギターのスキル。なのに、左腕の変形によりギター演奏が困難だと知った彼は、私がウクレレを弾けるのならと、バリトンウクレレ(※)を勧めてくれました。
そんなふうに、上司からは、自分に合ったペースで学習し、成長していくことの重要性を教わりました。その後も多くの支援を受け、それが、さまざまな苦難を克服する上で、大きな力となりました。
※ウクレレのなかで最も大きなサイズのひとつ。深い音域を持ち、ギターに近いチューニング(D-G-B-E)が特徴です。

アメリカの司法医療の現場
私が最初に勤務したのは、カリフォルニア州の司法医療を担う州立施設でした。
司法医療の施設では、精神疾患と刑事司法の両方に関わる、さまざまな法的立場の患者が治療を受けています。
当時、私が主に関わったのは、二つの法的区分の患者でした。
一つは、精神疾患の影響によって、裁判の内容を理解し、自分の弁護に参加する能力がないと裁判所に判断された人たちです。治療の目的は、精神状態を安定させ、裁判を受けられる状態に回復することでした。
もう一つは、事件当時、精神疾患の影響によって自分の行為の意味や善悪を理解できず、心神喪失を理由に無罪と判断された人たちです。治療を受けながら、将来的に安全に地域社会へ戻るための準備を進めます。
施設では、医師、看護師、心理職、ソーシャルワーカー、音楽・美術・運動などを用いるリハビリテーションセラピストが、チームで患者の治療と回復を支えていました。
安全管理が必要な施設であるため、敷地や病棟への出入りは厳しく管理されていました。その一方で、医療、生活支援、教育、リハビリテーションなど、多くの専門職が働く一つの小さな社会のような場所でもありました。
私はそこで、精神症状の緩和、感情表現やコミュニケーションの支援などを目的に、音楽や身体活動を取り入れたセラピーを行いました。ときには、趣味で学んだ社交ダンスやラテンダンスも活用しました。
キアラさんとの出会い
その施設で働いていたとき、特に心に残る一人の女性患者と出会いました。
ここでは、仮にキアラさんと呼ぶことにします。
キアラさんは、アフリカ系アメリカ人の聡明で前向きな女性でした。
彼女は、交通上の違反と警察とのやり取りを発端に刑事司法制度に関わることになり、その後、裁判所の命令によって長期間、司法病院で治療を受けていました。
キアラさんは、自分が黒人でなければ、これほど重い処遇を受けることはなかっただろうと話していました。
私は、彼女の言葉を単なる思い込みだとは受け取りませんでした。
アメリカでは、黒人が警察に止められ、逮捕され、拘束され、より重い刑事処分を受ける割合が高いことが、数多くの統計や研究によって示されています。
私自身、司法医療の現場で働きながら、黒人患者が刑事司法制度の中で不利な立場に置かれていると感じる場面を、何度も目にしました。
キアラさんの経験も、そうしたアメリカ社会の構造的人種格差と切り離して考えることはできませんでした。
それでも彼女は、希望を失わず、毎日を懸命に生きていました。
ある日、キアラさんからピアノを教えてほしいと頼まれました。
彼女には手や指の動かしにくさがあり、ピアノを弾くことは簡単ではありませんでした。しかし、彼女は練習を重ね、病棟で開かれた音楽会で、その成果を披露しました。
演奏が終わると、会場から大きな拍手が送られました。
そのときの彼女の誇らしそうな表情を、私は今でも覚えています。
人は、診断名や罪名、法的な区分だけで語ることはできません。
適切な機会と支援があれば、その人が本来持っている力や可能性を発揮することができます。
キアラさんとの出会いは、刑事司法制度の不平等について考えるきっかけとなっただけでなく、一人の人間を、その人の尊厳と可能性からみることの大切さを、私に教えてくれました。
次回は、私がアメリカに抱いていたイメージとのギャップ、そして人種差別の経験へと話を進めていきたいと思います。
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