「寺町」と聞いて、どのような風景を思い浮かべるでしょうか。
古いお寺が並ぶ石畳の道。門前の土産物屋。観光客が歩く歴史ある町並み。
けれども、大愚和尚が目指す「寺町構想」は、建物を増やしたり、お寺の周囲を観光地にしたりする計画ではありません。
そこに暮らす人が育ち、生きがいが生まれ、人と人とが支え合う。心の豊かさと生活の豊かさを、どちらも置き去りにしない共同体をつくる――。寺町構想とは、そのための長い挑戦なのです。
「寺町構想」を一つずつ紐解く連載
「寺町構想」とは、いったい何なのでしょうか。
それは、お寺を中心に建物や店を増やすだけの計画ではありません。人を育み、生きがいを育み、人と人とのつながりを育むことで、「心も生活も豊かな、小さくとも美しい寺町」を世界各地につくろうという、大愚和尚の壮大な構想です。
本連載では、その原点から、現在進められている取り組み、そして目指す未来までを、一つずつ紐解いていきます。
人は、一人だけでは幸せになれない
寺町構想の根にあるのは、仏教の「縁起」という考え方です。
縁起とは、あらゆるものが単独で存在しているのではなく、さまざまな原因や条件、関係によって成り立っているという教えです。
私たちは、自分一人の力だけで生きているつもりになりがちです。しかし、食べ物をつくる人、運ぶ人、家族、友人、職場の仲間、地域を支える人々など、数え切れない関係の中で暮らしています。
どれほど財産があっても、家族や周囲の人との関係が壊れていれば、心穏やかには暮らせません。
人間関係に恵まれていても、力を注げる仕事や役割がなければ、生きる張り合いを失ってしまうことがあります。
仕事が順調でも、心身を壊してしまえば、人生を味わうことはできません。
だから大愚和尚は、人間の幸せを個人だけの問題として考えません。人間関係、生きがい、健康、規律、助け合い――それらを切り離さず、暮らし全体を整えていこうと考えます。これが、寺町構想の出発点です。
寺町構想の三本柱「人づくり・生きがいづくり・町づくり」
寺町構想には、三つの柱があります。
一つ目は、人づくりです。
仏教の智慧を知識として覚えるだけでなく、自分の心と体を整え、周囲の人を思いやり、自ら考えて行動できる人を育むことです。
二つ目は、生きがいづくりです。
ここでいう生きがいは、単なる趣味や気晴らしではありません。仕事や役割を通して自分の力を生かし、誰かの役に立ち、社会とつながっている実感を持つことです。
三つ目は、町づくりです。
ただ施設を建てるのではなく、育った人々が集まり、それぞれの知識や技術を持ち寄り、困ったときには支え合える場所をつくっていく。その順序が大切です。
人がいて、生きがいがあって、初めて町ができる。
立派な建物を先につくるのではなく、まず人の心と生き方を育てるところから始める。それが、寺町構想の大きな特徴です。

すでに始まっている取り組み
寺町構想は、遠い未来の夢だけではありません。
現在、大愚和尚は、仏教を体で学ぶ「大愚道場」、仏教の本質と実生活への応用を学ぶ「佛心僧学院」、心技体を備えた経営者を育てる「佛心経営マンダラ」、内弟子僧侶の育成など、さまざまな角度から人づくりと生きがいづくりに取り組んでいます。
そして、この寺町新聞もまた、寺町構想から生まれた取り組みの一つです。
仏教を難しい教義として閉じ込めるのではなく、悩んだとき、立ち止まったとき、暮らしの中で役立つ智慧として届ける。寺町の現場で働く人々や、そこに集う人々の姿を記録し、発信していく。それが寺町新聞の役割です。
ただし、これら一つひとつの活動が、そのまま寺町の完成形なのではありません。いま行われているのは、寺町を支える人と縁を、少しずつ育てている段階だといえるでしょう。
寺町は、誰かにつくってもらうものではない
大愚和尚が掲げる寺町誓願には、「善友」「生きがい」「僧伽(サンガ)」という三つの言葉があります。
善友とは、よりよく生きようと励まし合える仲間。生きがいとは、自分の命と力を生かせる役割。そして僧伽とは、共に学び、支え合いながら歩む共同体です。
寺町は、一人の強い指導者が完成品を与えるものではありません。
「誰かが何とかしてくれる」と待つのではなく、一人ひとりが自分にできることを持ち寄る。料理が得意な人も、子どもの話を聞ける人も、ものづくりができる人も、掃除を黙々と続けられる人もいる。その違いが結び合ったとき、町は少しずつ温度を持ちはじめます。
寺町構想とは、どこか遠くに理想郷を建設する話ではありません。
家族にきちんと挨拶をする。仕事を通して誰かを喜ばせる。地域の困り事を他人事にしない。孤立している人に声をかける。
その小さな実践の一つひとつが、寺町をつくる種になります。
寺町は、地図の上に突然現れる町ではありません。私たちの関わり方の中に、今日から少しずつ生まれていく町なのです。

次回予告
次回は、「なぜ、いまの時代に『寺町』が必要なのか」を取り上げます。
便利になり、いつでも誰かとつながれるはずなのに、なぜ私たちは孤独や生きづらさを抱えるのでしょうか。現代社会が失いつつあるものと、寺町が果たせる役割を考えます。


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