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 海外在住25年、帰省して気づいた日本文化と仏教の教え(第60話)

2025 12/22
連載記事 逆境のエンジェル
2025年12月23日

➤逆境のエンジェルとは

 アメリカで暮らす筆者が、いじめ、身体障がい、音楽への情熱、異文化での生活、人種差別、仏教との出会いを通じて成長していく物語。個人的な体験を超え、社会の不平等や共生の課題にも鋭く斬り込み、逆境のなかで希望を見出す力を描きます。

➤前回のあらすじ

 30年以上、日系スーパーの前で月に1回開催されていた古本市が閉店になりました。そこでの様子とそこでの人間模様を語っています。(第59話『小さな商店に宿る、見守りの灯』)はこちらからご覧ください。

目次

当たり前の中に宿るもの

60話目の節目に

 今年も早いもので、残り1週間ほどとなりました。

 この連載をはじめて2年目も、今回で一区切りとなります。更新ペースを落としながらの執筆となった1年でしたが、気づけば節目となる60話目。継続することの尊さを、改めて噛みしめています。

 毎年、日本へは年に2度ほど、おもに母の様子を見るために帰省していますが、今年は諸々の事情が重なり、1年ぶりの帰省となりました。

 そんな久しぶりの日本滞在のなかで、改めて感じた日本文化、日本人のあり方について、今回は綴ってみたいと思います。

長い移動の中で、身体に耳をすます

 サンフランシスコ空港から日本までは、直行便でおよそ12時間。帰りでも10時間近くかかる、非常に長いフライトです。

 そのフライトのなかで、私が最も心がけていること。それは、機内での体調管理です。

 気圧の影響でか、機内食のあとに腹痛を起こしたり、腹部の膨満感で眠れなかった経験を重ねるなか、いまは事前に機内食を抜く申し込みをすることが、自分の身体には一番負担が少ないと気づきました。

 食べない、という選択もまた、自分の身体の声に耳を澄ますこと。

 機内食を抜いても、飲み物やスナック、到着前の軽食はいただけるため、ほとんど体を動かさない機内では、それがいまの自分にとっての最善だと感じています。

日本に降り立って、まず感じること

ささやかな所作に現れる、日本文化の底力

 日本に到着して、まず感じるのは、空港の清潔さと、匂いのなさでした。

 床や壁が磨き込まれているだけでなく、空間そのものが整えられている印象があります。

 預け荷物を受け取るベルトコンベアーには、荷物の取り間違いを防ぐための注意喚起の看板が立ち、細やかな配慮が至るところに見られます。

 また、エレベーターに乗り込むときに自然に交わされる会釈。後から乗る人のために扉を開けて待っていたり、誰かが先に降りるときに軽く頭を下げ合ったり。

 言葉はなくとも、目線だけで「どうぞ」「ありがとう」と伝え合う、あの一瞬。

 そこには、相手を思う気遣いの姿勢が、静かに息づいています。

 今回の帰省では、久しぶりに会う方、初めて会う方など、たくさんの交流がありました。

 そのなかでいただいた、心づかいのこもった手土産。可愛らしく、美しいパッケージやものの形、ご当地自慢の品々。

 それらを手にするたび、日本人の持つ手先の器用さや、相手に対する心遣いを感じ、ありがたさと同時に、「すごい文化だなぁ」と、しみじみ感動しました。

 日本にいて息苦しさや生きづらさを感じ、飛び出したのは25年以上も前のことです。

 けれど、日本に暮らしていれば「当たり前」として見過ごしてしまう光景も、海外に長く身を置いていると、それが決して当たり前ではないことに気づかされます。

 こうして帰ってくると、それらは心地のいい日本文化の特色であり、長所であり、強さなのだと実感します。

変化の影に見えた、小さな違和感

 一方で、相反して気づいたこともありました。

 電車などで、われ先に席を争う姿や、歩きスマホで周囲に気づかない人々の存在です。

 仕事などで周囲に気を遣い続け、疲れているからこそ、「せめてこの時間だけは」という思いもあるのでしょう。

 最近読んだ記事では、日本の若者の間で、将来への不安から結婚や子どもを持つことよりも、「自分のことだけを考えて生きたい」と考える人が増えているともありました。

 思わず、「日本は捨てたものではないですよ」と伝えたくなる、そんな気持ちにもなりました。

 また、高齢化が進む日本では、郊外を中心にタクシーの数が減り、呼んでもなかなか空車がない場面も増えています。

 一年前に比べても、確実に郊外のタクシーが減ったことを、今回の帰省で実感しました。

変わりゆく日本の風景――インバウンドと共に

 滞在中に強く感じたことのひとつは、インバウンドの影響です。

 行きの機内も帰りの機内も、日系航空会社でありながら日本人の姿は少なく、周囲からはさまざまな外国語が聞こえてきました。

 沖縄へ向かう国内線でも、周囲を見渡すと日本人以外の方が大半を占めていました。

 日本はいま、確実に変化のただ中にあります。

 どのお店やホテルでも、日本語を流暢に話す外国人従業員のイントネーションも耳に入り、日本が世界で第4位の移民受け入れ国になったという事実を、肌で感じる場面が多くありました。

海外の視点が映し出す、日本人の生き方

 今年は、日本を訪れた同僚も多くいました。

 彼らから必ずと言っていいほど聞かれたのが、食事のおいしさ、清潔さ、サービスのよさ、そして歴史的建造物や観光施設の充実ぶりでした。

 ほめられると、やはりうれしいものです。そのなかで、特に私の心に残った感想がありました。

 ある同僚は、こんな話をしてくれました。

「どう見たって、80歳近いか、それ以上に見える人が、颯爽(さっそう)と自転車に乗っているのよね。入った食堂を経営しているご夫婦も、たぶん80歳くらいだと思うけど、とにかく元気。私なんて、まだ50代半ばなのに、ちょっと歩いただけで疲れたって文句を言ってる。見習いたいと思ったわ」。

 食事やサービスをほめられるのもうれしいのですが、この言葉は、それ以上に印象深く残りました。

 そこには彼女の、日本人の「生き方」そのものを見つめるまなざしがあったからです。

母と歩いた、秋の三溪園

 今回の帰省で、もうひとつ心を打たれたのが、日本の四季の美しさでした。

 毎年この時期に帰省するのは、日本の秋と冬を感じたいという思いもあるからです。

 福厳寺でのあきば大祭があることから、今後もこの時期が恒例の帰省になっていくのかもしれません。

 帰省するたびに、母が密かに楽しみにしているのが、私との小旅行です。今回は横浜に2泊の旅をし、その際に訪れたのが三溪園でした。

 ちょうどイチョウが見頃を迎え、園内は柔らかな黄金色に包まれていました。

 足元に重なり合うイチョウの葉の感触。風が吹いた瞬間に舞い落ちる葉のなかに立っていると、まるで黄金のシャワーを浴びているようでした。

 ゆっくりと歩く母の隣で、その景色を眺めながら、同じ季節をともに味わえる時間の尊さを、静かに感じていました。

 日本の四季は、ただ美しいだけでなく、「いま、この瞬間」を大切に味わう心を、思い出させてくれます。

仏教と、日本文化の重なり

慈悲のありかたとは?

 仏教には、「慈悲」という教えがあります。

 それは、ただ優しくすることでも、相手の苦しみを取り除いてあげることでもありません。

 相手の存在をそのまま認め、その人が自分の人生を生きていく力を奪わないこと。逃げずに、現実と向き合うことを信じて待つこと。

 仏教で語られる慈悲とは、そうした静かで、芯のある関わり方です。

 日本文化の中に見られる多くの所作やふるまいは、この慈悲の感覚と、深いところで重なっているように感じます。

 エレベーターで交わされる会釈。手土産に添えられる控えめな言葉。過剰に踏み込まず、しかし見捨てもしない距離感。

 そこには、相手を変えようとせず、相手の人生を尊重する姿勢があります。

 年齢を重ねても日々の営みを大切にする人の姿や、四季の移ろいを味わい、今この瞬間に心を向ける在り方もまた、無理に抗わず、現実を引き受けるという意味で、慈悲の一つの形なのかもしれません。

 また仏教では、「無常」が説かれます。

 すべては変わりゆくという事実を、嘆きとしてではなく、だからこそ、いまを大切に生きるための智慧として受け取る教えです。

 三溪園のイチョウが、やがては散り、枝だけになることを知っているからこそ、黄金色に輝くその一瞬が、これほどまでに心に残る。

 それもまた、無常を受け入れるなかで育まれる、慈悲の感覚なのだと思います。

守るべきものは、静かなところに

 日本に帰省し、文化や人のあり方、そして季節の美しさに触れるなかで感じたのは、守るべきものは、目立たないところにこそ宿っている、ということでした。

 海外、特に欧米文化が格好よく魅力的に映ることも多いと思います。

 けれど日本には、他の国にはない、控えめで、目立たないけれども、守っていきたい文化があります。

 海外に住む日本人も、日本に住んでいる方々も、そこに視点を移してみることで、見えてくるものがあるのかもしれません。

 来年もまた、変わり続ける世界のなかで、小さな気づきを大切にしながら、この連載を続けていけたらと思います。

 今年も連載をお読みくださいまして、ありがとうございました。みなさまがよい年を迎えられますことを、心から願っております。

2026年最初の投稿は1月19日(月)夜7時を予定しています。

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(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)

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この記事を書いた人

エンジェル 恵津子のアバター エンジェル 恵津子

東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。
歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。

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