福厳寺会報「慈光」より

老舗の美学

 世界には創業200年以上続く会社が六千社近くあるといわれている。そして、そのうちの半分、三千社は日本に存在しているという。
 また、創業100年以上続いている企業は世界に三千社あり、そのうち80%が日本企業だというデータもある。(百年以上続いている会社はどこが違うのか?田中真澄著) 
 さらに深掘りし、世界最古の企業を調べるとトップ3は全て日本が占めていることが分かった。
 世界で一番長く続いている企業は、大阪にある社寺建築会社、金剛組。創業は578年で、実に1400年以上続いてることになる。飛鳥時代、聖徳太子の生きた時代から令和の時代まで絶え間なく続いているとは全く驚異的ではないか。
 東京商工リサーチによれば、金剛組に続き、西山温泉慶雲館(山梨県)の705年創業、温泉宿 古まん(兵庫県)717年創業、善吾楼(石川県)718年創業の旅館が続く。どれも一千年を超える超スーパー老舗企業。また、企業ではないものの、池坊華道会(京都府京都市)は587年創業とされているから、金剛組にほぼ等しい長い歴史がある。日本人は長寿な国民として世界でも有名だが、企業の寿命を見ても超長寿なのだ。

 なぜか?老舗には必ず、教訓、守るべきものがソフト面、ハード面共に存在していると思う。ハード面は技。材料、技法、技術の伝授を次世代に連綿と続けていくこと。ソフト面は熱い想い。つまり先代が真摯に取り組んだ結果生まれたものを、次世代に繋げていきたいと願う気持ちである。

 伊勢神宮で20年に一度行われる式年遷宮も然り。690年に初回が執り行われて以来、戦争などで一時の中断はあったものの、1300年の長きに渡り、20年ごとに社殿を新たに建て替えている。1300年の間には、宮大工は入れ替わり立ち代りその時代に生きた宮大工が担当するわけだが、素材、技法、そして底辺に流れる理念は変わらない。

第4産業革命時代の社会の激変

 現在、世の中は「破壊的イノベーション」が始まり、既存の事業形態にとってかわる大変革を起こす波が加速的にあちこちで起きている。Chat GPTなどのAIに代表されるように、かつて人類が経験したことない、社会の在り方を根底から覆すようなテクノロジーが出現した。我々は間違いなくインパクトの計り知れない未知の領域にも突入している。

 第4産業革命時代に入り、社会の形が劇的に変わるにつれ、多くの人が新しい職種や時代に合った仕事につくだろう。そんな中にあっても、あえて伝統をつないでいく仕事を選択をする人もいる。そういう人の数が他の国に比べて圧倒的に多いのが日本の特徴だと思う。外から日本を眺めると、日本という国はやはり独特なところがあって、人生観、世界観が他の国と違う気がする。自分が生きて終わり。では決してないのだ。

 自分の前に生きた人たち、今生きている自分、そして自分が去った後の後世、その一連のつながりに美しさ、尊さを見る感性を持ち合わせているのが日本人だと思う。日本人が昔から後継ぎ、後継者、ということを大事にしてきたのは、息の長いことの良さを無意識に、または直感的に理解しているからではなかろうか。

 西洋社会では人も企業も関係性は全て契約に基づいて成立しているが、私はいつもこの社会形態に距離感を置いて眺めている。そもそも、契約を結ぶという行為自体が人を信頼できないという前提から始まっていて、物事は変化し続けるという当たり前の理に反した窮屈さを覚える。契約社会からは老舗は生まれにくいと思う。

老舗の美学

 老舗を担う経営者は、自分は長い歴史の一部であることを自覚され、次へバトンタッチするまで大事なお役目を果たしているという思いで臨まれているのだ。ここに一個人のレベルで一生を考える西洋文化と、生命は個人一人の一生で完結するものではないと観る日本人の視点の違いを感じる。日本という国は仕事に美学を見出し、またそれを求め、求められてきた。

 老舗を虹に例えたら、その美しさが表現できるだろうか。虹が一色だったらあの美しさは出ない。虹が点だとしたらあの美しさはない。虹が直線でも何か違う。虹は七色の異なる色が丸みを帯びて繋がっていて、光に反射された時に天空にかかるから壮大で美しいのだ。掴みどころがないが、でも感動するほど美しい。

 真摯に一つの仕事に取り組んできた人の生き様には、それぞれのカラーがある。それが絶え間なく繋がっていくといずれ美しい虹が出来上がる。色褪せることなく常にキラキラ輝き続けるその素晴らしさは、一つの命だけでは作れない。継承がカギである。

 日本には、伝統を重んる風土があるため、昔ながらを提供する側と受け取る側に共に有り難がる互恵性が存在するとも考える。はるか昔の伝統が消滅せず、現在でも同じものや雰囲気を享受することができるとは、どれだけ貴重で幸せなことだろうか。
 伝統を守り続ける集団が、今も健在にあちこちで頑張っている日本を、誇りに思わないわけにいかない。

天野瀬捺

ABOUT ME
知哲(ちてつ)
寺町新聞編集長。ナーランダ出版社長。モチモチの大きな手からは想像できない、繊細な表現を得意とする。佛心宗福厳寺の僧侶であり、映像クリエイター。さらに、グラフィックデザイナーとしても佛心宗の各種取り組みに関わる。YouTubeチャンネル「大愚和尚の一問一答」では企画運営を担当。好物は里芋の煮っころがし。
最新の投稿

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です