逆境のエンジェル

選挙に見るカリフォルニア・バブルの内と外(第40話)

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 コロナ禍において病院を挙げて行った「unbound〜翼の生えたハート」のプロジェクトや、コロナ禍だからこそ深く学べた人との絆についてお話しています。(第39話「分断を超えて、心をつなぐ」はこちらからご覧ください)

大統領選が終わったいま

 アメリカ大統領選挙の結果が発表され、この結果を予想して心の準備をしていたとはいえ、私のなかには複雑な感情が湧き上がっています。

 年月をかけて、少しづつ、アメリカ社会の問題や背景について触れてきたからこそ感じる思いであり、また執着でもあると思っています。

 そこで今回の投稿では、選挙結果そのものよりも、カリフォルニア州と他州を比較し、アメリカ全体の選挙制度に潜む構造的な不平等について、考えてみたいと思います。

 私の夫はアフリカ系アメリカ人で、アメリカに根強く残る白人至上主義や人種差別に対し、深い関心を持っています。

 彼はよく「私たちが暮らすカリフォルニアは、アメリカ全体の現状をそのまま反映しているわけではない」といいます。

 カリフォルニアは経済的にも文化的にも豊かで、多様な人々が集まる「バブル」のような場所。ここでは有色人種が、比較的安全に投票や生活ができる環境が整っています。

 しかし、このバブルを越えた外の地域には、まったく異なる現実が広がっているのです。

白人に優位な選挙制度

 まず、アメリカの選挙日について記載しておきます。

 アメリカの選挙日は、11月の第1月曜日の翌火曜日となっています。

 この日に設定された背景には、当時の社会条件と歴史的な意図が関わっています。

 19世紀の農業社会では、収穫後の11月が投票に適した時期とされました。この頃、農業を営んでいた大多数は白人でした。

 キリスト教を信仰する人々にとって、日曜日は礼拝の日。投票所までは距離があったため、翌月曜日に移動し、火曜日に投票するのが効率的と考えられました。これは、水曜日の市場とも重ならない配慮でもありました。

 ただ、当時の選挙権は白人男性に限られ、投票日程も白人農民層が参加しやすいように設計されていたのです。

 つまり、選挙制度は白人が優位になるようつくられていて、非白人や貧困層には不利なものでした。

 こうした当時の白人優位の社会構造は、公民権運動後の現在においても、選挙日程に影響を与えています。

 中部や南部の州の、厳格な投票制度には、歴史的に人種差別的な意図が含まれている場合が多く、その影響は現在も残っているのです。

 当時は、アフリカ系アメリカ人に投票税が課せられることもありました。現在ではそれは違法であり、直接的に課されることはありません。

 しかし、貧しいアフリカ系アメリカ人やマイノリティを間接的に排除する仕組みは残っています。

 その主たるものは、厳格な投票者ID法、有権者登録の複雑化、罰金未払いでの投票制限などで、場合によっては投票権を失うこともあり、直接的ではないものの、貧困層や有色人種に不釣り合いな影響を与えています。

 毎回、選挙間際になると、独立メディアなどはこの問題に言及し、注意喚起を呼びかけたり、人々に事実を伝えようとしますが、大手メディアがこれらを報道することはありません。

カリフォルニアと他の州は、選挙制度が違う!?

 さて、ここからカリフォルニア州と他州の選挙制度の違いについて述べていきたいと思います。

 カリフォルニア州では、多様なバックグラウンドを持つ有権者が平等に投票できるよう、非常に柔軟なシステムを確立しています。

 たとえば、カリフォルニア州の有権者には、写真付きIDの提示を義務づけていません。

 また、すべての登録有権者には、郵便投票用紙が自動で送付され、郵送や早期投票も可能という、特に経済的負担を抱えやすい低所得層や有色人種にとって、投票しやすい環境が整っています。

 対して、南部や中部の多くの州では、投票の際に写真付きIDの提示が義務づけられており、ID取得が困難な低所得層や有色人種にとって、投票のハードルが高くなっています。

 ID取得には交通費や時間がかかり、身分証明書発行所が遠方にしかない地域では、取得が難しい場合も多いのです。

 こうした制度が存在する背景には、歴史的な人種差別政策が影響しています。

 ジム・クロウ法(※)の時代から、有色人種を排除し、白人優位の政治体制を維持するための投票制度が、堂々とまかり通っていたのです。

 現在でも多くの州で行われている、厳格な投票者ID法や、投票所の削減などは、当時の名残りといえるでしょう。

※ 1876年〜1964年に存在した、人種差別的内容を含むアメリカ南部の州法の総称

選挙権があるのに、なぜ投票できないの?

犯罪歴のある人は投票できない?

 犯罪歴のある人々に対する投票権の扱いも、州によって異なる重大な問題です。

 カリフォルニア州には、刑務所から出所した人や仮釈放中の人も、投票権を回復できる制度があります。

 しかし、南部の多くの州では犯罪歴があると投票権が制限されることが多く、出所後も長期間にわたって投票が認められない場合があります。

 特に、過去に有色人種への厳罰傾向が顕著だった地域では、刑務所帰りの人々の多くが黒人やヒスパニック系であることから、このような投票権の制限が、特定の人種の政治参加を抑制する結果につながっています。

 選挙を通じ自分たちの意見を反映させる権利。それを奪われることで、社会における彼らの声が消されてしまっているのです。

投票を諦めざるを得ない事情

 カリフォルニア州では、地域に割り当てられた投票所以外にも、郡内のどの投票センターでも投票できる制度があります。

 都市部には多くの投票所が設置され、いずれも午前7時から午後8時まで開いているので、夜遅くまで仕事をしている人、シフト制で働く人も、仕事や家庭の事情に合わせ投票することができます。もちろん、長時間列に並ぶこともありません。

 また、2時間の有給休暇を取る権利も認められており、労働者がその間に投票に行くこともできます。

 これに対し、南部や中部の一部の州、特に有色人種が多く住む地域においては、投票所の数が少なく、投票までに長時間待たされることがしばしば見受けられます。

 実際黒人やヒスパニック系の有権者が投票する際の待ち時間は、白人有権者に比べて約3倍近く長いとの調査結果もあります。

 また、投票所の数だけでなく、投票所の開閉時間を短くしたり、投票所そのものを意図的に閉鎖するなど、マイノリティの投票を困難にする行為も行われています。

 さらに深刻なのは、中部や南部の州には、銃の携帯が日常的に認められていて、投票所には腰から銃を下げた人々が並ぶという、物騒で異様な光景が見られるようです。

 一部の地域では、銃を持った警備員が投票所で警備を行うこともあり、有色人種の有権者にとって、威圧的な環境が作り出されています。

 ほかにも、待ち時間中には飲食が禁止され、炎天下で列に並ぶ人々が脱水症状に陥るケースも報告されています。

 そもそも、長時間労働や複数の仕事をかけ持つことが多い低所得層の有色人種にとって、投票所に行く時間を確保すること自体が非常に難しく、投票のために仕事を休めば減収につながるため、多くの人が投票を諦めざるを得ないという実情があります。

 このように、投票所に行くこと自体を非常に困難で不安な体験にし、結果的に有色人種の投票を抑制する効果を生んでいるのです。

バブルの外に目を向ける

 私は永住権は持っているものの、市民権を持ち合わせていないため、選挙権はありませんが、毎回夫が私の分も含めて投票に行ってくれます。

 夫にとって選挙は、アフリカ系アメリカ人としての誇りと、先人たちが戦い取った権利を行使する大切な機会です。

 その姿を見るたびに、選挙が単なる投票行動以上の意義を持っていることを痛感します。

 しかし、南部や中部の州では、有色人種や低所得層の投票率を低く抑える制度が未だに根強く残っており、その不平等さが毎回の選挙で浮き彫りになります。

 カリフォルニアに住む私たちは、ある種の「バブル」のなかで守られているといえるかもしれません。

 ここでは比較的平等に投票権が保障され、多様なバックグラウンドを持つ人々がそれなりに尊重され、共に生きています。

 しかし、このバブルを越えた先には、私も未だ見たことのない不平等が残り、命がけで投票に行く有色人種の人々が存在します。

 大愚和尚の教えにあるように、私たちは素直に情報を受け取りつつも、ときには批判的な視点で事実を見極める必要があります。

 外の現実に向き合い、実際に何が起こっているのかを知ろうとする視点を持つこと。それは、よりよい未来を目指すために欠かせない姿勢だと思います。

 選挙は民主主義の基盤であり、すべての人が等しく参加できる権利です。

 しかしその権利が公平に与えられない状況が続く限り、民主主義は完璧とはいえません。

 アメリカの「選挙制度」の下に潜む不平等。

 トランプ氏再選となったいま、この後どのように世の中が変わっていくのでしょうか。柔軟に、自分にできることを模索し、実行していく姿勢を保ち続けたいと思っています。

 次回は、大統領選挙直後に通訳の仕事で訪れた、南カリフォルニアの某大学社会福祉学科の教授の見解や、訪れた施設で見たこと、そして、日本人学生たちがそこで得た新たな気づきについてお話しします。

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Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景 その

 2024年のアメリカ大統領選挙では、多様な人種がどのように投票行動をとったのかが注目されました。有権者全体の投票率は67.5%。これは2020年の66.8%から増加しています。

 人種ごとの有権者数と投票率を見てみると、白人有権者は約1億5,000万人で投票率70%、黒人有権者は約3,000万人で60%、ヒスパニック系有権者は約3,500万人で55%、アジア系有権者は約1,000万人で50%でした。

 2020年の大統領選挙と比較すると、白人の投票率は変わりませんが、黒人は63%から60%に減少、アジア系は59%から50%に大きく低下。ヒスパニック系だけが54%から55%とわずかに増加しています(現在もまだすべての開票が終わっていないため、最終的な数字は多少前後するものと考えられます)。

 アジア系の投票率が低下した背景には、言語の壁や政治参加への関心の低さ、新移民としての不慣れさ、そして差別や偏見による政治不信が影響していると考えられます。

 今回の選挙でも、多くの人が投票に参加し、自らの声を届けようとしました。しかし、特定のグループの投票率低下は、社会が抱える課題を反映しているといえるでしょう。より包括的で公平な社会を目指すためには、選挙における障壁を取り除き、誰もが参加しやすい環境を整えることが重要です。

感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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