逆境のエンジェル

アメリカのホームレス支援と医療現場で見た現実:分断と共生のはざまで(第42話)

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する筆者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 5年ぶりに通訳の仕事で訪れた、ロマリンダ大学の社会福祉学科の研修と、日本人学生たちがそこで得た新たな気づきについて語っています。(第41話「アメリカと日本、福祉と医療現場からの問いかけ」はこちらからご覧ください)

「ホームレス」から見えてくるアメリカの実情

 今回も、前回に引き続き、ロマリンダ大学での研修で得た気づきをお話しします。

 この研修では、ホームレスシェルター、病院、高齢者のデイケア施設、ロナルド・マクドナルド・ハウス(※)、そして私がかつて勤務していたパットン州立病院など、多くの施設を訪問しました。

 なかでも、ホームレスシェルターと医療現場で見た現実は特に印象深く、多くの学びがありました。以下では、これら施設での具体的な体験をもとにお伝えします。

※重い病気を持つ子どもたちとその家族が病院近くで生活できるよう支援するための施設。家族が治療に専念できるよう、無償で宿泊場所や食事、心理的サポートを提供。

なぜホームレスになってしまうのか

 私たちが訪ねたのは、大学からバスで約30分の場所にある、リバーサイド郡のホームレス支援センター。そこで知ったのは、アメリカにおけるホームレス問題の複雑さと深刻さでした。

 ホームレスの人々が直面している主な問題には、住宅費の高騰、薬物依存、家庭内暴力、低賃金労働、医療費の負担、精神的健康問題などが挙げられます。

 一般に、薬物依存者がホームレスになる、という印象を持たれがちですが、実際には、ホームレス状態になった結果、薬物依存になるというケースが多いそうです。

 住む場所を失い、ストレスや絶望感のなか、心の拠り所を求めた人々が、アルコールやオピオイド(※)などの処方薬に依存してしまうことが少なくありません。

 ホームレスのなかには日雇いなどの仕事をし、車中で生活している人も大勢いて、その実態は統計として現れにくい状態にあります。

 安定した生活を取り戻したいと望む人が多いものの、経済的な壁や社会的偏見がそれを妨げています(「アメリカの貧困層とホームレス事情」はこちらをご覧ください)。

※ アヘンやモルヒネなどに代表される、ケシに由来する強い鎮痛作用を持つ薬物の総称

支援する側も、格差や偏見のなかにいる

 ホームレスとなった人の拠り所となる場所に、ホームレスシェルターがあります。

 ホームレスシェルターとは、住む家を失った人々に、一時的に住む場所を提供するところで、食事やシャワー、就労支援、住まい探しのサポート、心のサポートなどを行います。

 シェルターには数日から数週間と緊急時に利用されるものと、数カ月から2年程度と長期的に利用できるものがあります。

 ルールを守ることが条件で、施設によって対象や支援内容が異なりますが、自立を目指すための手助けが目的です。

 私たちが見学に訪れたシェルターでは、アメリカ社会における人種格差が、鮮明に表れている現実を目の当たりにしました。

 シェルターは多様な人種の人が利用しており、そのなかには白人もいます。

 しかし、ことシェルターで働く支援スタッフとなると、ほぼ全員が黒人やヒスパニック系で占められているのです。

 このような構図は、アメリカ社会における長い歴史的背景や、経済的・社会的格差の問題が、いかに根深いものであるかを象徴しているように感じられました。

 特に注目すべきは、こうした支援活動が、しばしば「低賃金の労働」と見なされている点です。

 トランプ次期大統領がかつて「黒人やヒスパニックの仕事」と発言しましたが、これは、特定の人種に対して、社会的地位の低い仕事が割り当てられている現実を示唆しています。

 こうした背景を考えると、支援現場で働く多くのスタッフが、自らも社会的な格差や偏見のなかで生きていることが理解できます。

 彼らは同じコミュニティの出身者であることが多く、利用者の背景やニーズを深く理解している一方で、自身も経済的に恵まれていない状況にあることが少なくありません。

 私はシェルターで働く人々を見て、改めて、アメリカ社会の不平等がいかに深刻であるかを考えさせられました。

衝撃的だった、シェルター周辺の環境

 シェルター周辺の環境も衝撃的でした。

 施設はゴミ処理場のような匂いが漂う場所にあり、お世辞にも快適とはいえません。この配置自体が、ホームレス支援が社会の周縁に追いやられている現状を示していました。

 そんなシェルターの周辺に、夕方になると、続々とホームレスの人々が集まってきます。

 昼間は、仕事を探しに行ったり、食べ物を求めて放浪する彼らですが、たとえシェルターに入れなくとも、夜は安全なところに身を置きたいという気持ちから、ここにやってくるのだそうです。

 さらに印象的だったのは、ペットを連れているホームレスが多かったことです。

 孤独な生活のなかで、ペットは彼らにとって大切な家族の一員です。そのため、シェルター内にはペットが生活できる専用スペースも設けられていました。

 シェルターの運営は、国や州からの補助金に加え、市民や企業からの寄付によって成り立っています。

 しかし、トランプ次期大統領は、非営利団体やカリフォルニア州への財政援助を、大幅に削減する方針を掲げており、職員たちは不安を隠せない様子でした。

 現在でも支援が行き届いていないなか、さらなる財政削減がどのような影響を及ぼすのかは明らかです。

 「ホームレスになる原因には、高騰する住宅事情が切っても切り離せない問題だ」。スタッフが繰り返すその言葉に、私もうなずかずにはいられませんでした(これについては、また別の機会に詳しく述べたいと思います)。

そこは、ビジネス街なのに

 訪問後、日本の学生たちはショックを隠せない様子でした。

 「身体に障害を持つホームレスを初めて見た」「日本とは全然違う」。そんな声があちこちから聞かれました。

 日本にも経済的困難や家庭内問題、精神的健康の課題を抱えたホームレスは存在しますが、薬物依存の割合はアメリカに比べて少ないとされています。

 その代わり「ネットカフェ難民」のように統計に表れにくい形のホームレスが多い点が、日本の特徴といえます。

 さて、その日の夕方、ホテルに戻った私は、夕食の買い出しに出かけました。

 その途中、目にしたのは、歩道沿いで寝袋にくるまり横たわる2人のホームレスの姿。 

 朝、同じ道を歩いて通ったときにはなかった光景が、夕暮れのなかで突然リアルに迫ってきました。

 そこは4つ星ホテルのすぐ前の通り。昼間は人通りの多いビジネス街ですが、夜になると閑散としてしまうエリアです。

 安全のため夜は出歩かないようにといわれていた場所でしたが、その理由がすぐに理解できました。

患者が路上に置き去りにされる現実

 ロマリンダ大学医療センターを訪問した際、医療ソーシャルワーカーの方々が語ってくれた話からも、ホームレス問題の深刻さが伺えました。

 アメリカの医療現場では、退院後の生活環境を支える制度が十分に整備されていません。そのため、せっかく退院しても、低所得者やホームレスの患者が、再び路上生活に戻ってしまうケースが後を絶たないというのです。

 治療が終了しても、帰る家や頼れる家族がいない患者たち。彼らに対して、ソーシャルワーカーは、医師や退院調整チームと連携し、退院の延期や代替支援策を模索する取り組みを続けています。

 しかし、これには多くの時間と財源が必要で、現場スタッフの努力にも限界があります。

退院後こそ深刻。不安定な生活

 アメリカの医療制度は複雑で、公的保険や低所得者向けの医療制度は存在しますが、その適用範囲は限られていて、治療費を支払えない患者は、病院側にとって財政的な負担となってしまいます。

 その結果、一部の病院では患者を早期退院させたり、他施設に転送したり、ときには路上に置き去りにする「患者ダンピング(Patient Dumping)」を行ってしまうのです(詳しくは第25話「アメリカの医療差別とストレス」をご覧ください)。

 ロマリンダ大学医療センターでは、こうした「患者ダンピング」を行わず、公平な医療を提供しようとしていますが、他の病院から転送されてくる患者が多く、負担が増えています。

 特に冬場、寒さをしのぐために、病院を一時的な避難場所として利用するホームレスや低所得者が増加していることには、頭を抱えています

 退院後に適切な支援が受けられない…。それは、患者の健康状態の悪化につながり、再入院のリスクを高め、それが医療機関全体の財政を圧迫する。まさに悪循環です。

 ロマリンダ大学医療センターは、こうした課題に模範的な対応を示していますが、個々の医療機関の努力には限界があり、ソーシャルワーカーたちも「私たちだけでは解決できない」と、重責とストレスにさいなまれている現実がありました。

「人が人らしく生きる」ことの難しさ

 今回の研修中に、現場で働く方々や教授陣に対し、私は次の質問を投げかけました。

 「新しい大統領が就任するいま、何がどのように変わると予想しますか。そして、その変化にどのように対処していくつもりですか」。

 誰もが口をそろえて述べたのは、「医療や福祉の現場で働く身として、次期大統領の政策に対し、拭いきれない大きな不安がある」ということ。

 しかし同時に、「柔軟に対応していく心構えを持ち、自分たちにできることを創造力豊かに取り組むことが大切」だと話していました。

 「人が人らしく生きるとは何か」。そうしたことを深く考えさせられた今回の研修。

 アメリカと日本の福祉・医療現場には、それぞれ異なる課題がありますが、共通しているのは、「人が互いに思いやりを持ち、支え合いながら、安心して暮らせる社会」を目指すことです。

 やはり、考えていかなければならないことは、これを知識だけに終わらせずに、自分ごととしてとらえ、自分にできることは何だろうと考え、行動に移していくことでしょう。

 きれいごとでは通らない、みなが平等ではない世の中。しかし、それでも、少しでも、いまの経済格差や人種の分断が狭まる道が開けたら…。実際に現場の声を耳にして、これまで以上に切実な思いが、心のなかに込み上げてきました。

 次回は、今年最後の投稿として、一年間、筆者がこの記事の執筆を通して気づいたこと、そして来年の抱負を語ってみたいと思います。(12月23日 夜7時更新)

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ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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