逆境のエンジェル

心の奥に潜む無意識の差別と向きあう勇気|逆境のエンジェル(第34話)

逆境のエンジェルとは

「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。

前回のあらすじ

 どのようにして白人至上主義の理念が生まれたのかを、奴隷制の歴史をひも解きながら語っています。(第33話『歴史から見るアメリカの警察官と黒人との関係』はこちらからご覧ください)

顕在意識は氷山の一角

 今回から複数回に渡り、「無意識の差別意識」について考えたいと思います。まずはその概念と重要性について触れ、具体的な事例を通じて掘り下げていきたいと思います。

 このテーマは、私自身の人生とも深く結びついており、日常生活のなかで無意識に抱いてしまう偏見や先入観が、どのように私たちの行動や人間関係に影響を与えるのか、その見えない壁を乗り越えていくプロセスを、みなさんと一緒に探っていきたいと思っています。

 心理学の父とされるジークムント・フロイトは、無意識と潜在意識の概念を提唱しました。

 フロイトの理論では、人間の心は氷山にたとえられ、顕在意識は氷山の一角にすぎません。その下には、普段は意識されない潜在意識や無意識が広がっており、抑圧された欲求や恐怖、未解決の葛藤などが含まれています。

 フロイトは、無意識に抑圧されたものが行動や感情に強い影響を及ぼし、それが夢や無意識的な行動として現れるとしました。

 無意識の差別意識について考える際、このフロイトの理論は非常に参考になります。無意識の差別は、私たちが自覚しないまま持っている、偏見やステレオタイプが行動に現れる現象です。

 これらは、意識的に抑えようとしても、無意識のなかに根強く存在し、私たちの日常のコミュニケーションや意思決定に影響を及ぼします。

 具体的な例として、アメリカの大統領選でのできごとを取り上げ、無意識の差別がどのように浮かび上がるかを見ていきたいと思います。

トランプ氏の発言が映し出す私たちの心

 2024年6月の大統領選の討論会で、ドナルド・トランプ前大統領が「移民が、黒人やラテン系の仕事を奪っている」と発言しました。

 彼は移民の流入が黒人やヒスパニック系アメリカ人の雇用に悪影響を及ぼしていると主張し、この問題を強調しました。

 この発言は、またしても人種差別的だと批判を浴び、特に「黒人やラテン系の仕事」という表現に多くの人が憤りを感じました。

 現に、8月の民主党の大会では、ミシェル・オバマ夫人もこの発言に言及し、トランプ氏が以前から彼女や夫の学歴の高さと成功を脅威に感じ、事実をねじ曲げようとしてきたと指摘しました。

 「彼がいまめざしている職(大統領になるということ)が、まさに『黒人の仕事』のひとつかもしれないことを、誰が教えてあげるのでしょうか?」と、皮肉を込めて反論しました。

無意識のなかに潜むバイアス

 しかし、この発言の背景には、トランプ氏が黒人やラテン系の票を得たいという、選挙戦略があったと考えられます。

 彼の発言は、移民を批判することで、黒人やラテン系のコミュニティを擁護しようとする意図があったのかもしれません。

 にもかかわらず、「黒人の仕事」「ラテン系の仕事」という言葉が引き起こした反応は、単にトランプ氏の発言の問題だけではなく、私たちの無意識のなかに潜むバイアス(偏見)を浮き彫りにしています。

 たとえば、私たちが「黒人の仕事」「ラテン系の仕事」「白人の仕事」「アジア人の仕事」と聞いたとき、どのような職種を思い浮かべるでしょうか。

 多くの人は、黒人やラテン系の仕事に低賃金や肉体労働を、白人の仕事にはデスクワークや高収入の職種を連想するかもしれません。

 これこそが無意識の差別意識であり、私たちの社会に根強く存在するステレオタイプです。

 トランプ氏の発言が炎上したのは、彼が大統領候補者であり、発言が公の場でなされたからにすぎず、実際には多くの人々が、同様の無意識のバイアスを抱いているのです。

AIも偏見を持つ時代!?

 さらに興味深いのは、AIを使ってこの発言について調べた際の経験です。私はAIに「トランプ氏がこのように発言したのはいつか」を尋ねました。

 AIの回答は、「トランプ前大統領による発言として広く知られたり、記録されたりしているわけではありません。

 しかし、トランプの言動は何度か人種差別的なものとして、批判を受けたことがあります」とのことでした。

 「トランプ氏の発言として記録されているわけではない」という回答。実際、私はその討論会を視聴しており、トランプ氏の発言を直接聞いていたのです。

 しかし、このような回答が返ってきたことに、さほど驚きませんでした。

 なぜなら、私はときどき意図的に、自分で裏づけや調査を済ませた内容を、AIにあえて聞くことがあるからです。

 それは、AIの提供してくる内容の信憑性に関する実験と、以前からいわれている西洋思想に偏った情報提供の傾向を調べるためです。

AI自体が西洋思想に偏っている

 私がこの連載を始めてから、AIに白人至上主義について質問したところ、AIは「白人至上主義は偏った見方を提供するため、回答が難しい」との反応を示し、執筆自体を再考するように回答しました。

 これは、AI自体が西洋思想に偏っていると批判される理由の一端でもあります。

 私が連載のなかで使用する挿絵をAIで作成していた初期段階で、黒人男性を描いてもらおうとすると、青い目の西洋風の顔立ちのイラストが多く生成されました。

 そして、第33話で言及した奴隷制の歴史の内容に関する画像作成では、何度もAIに拒否されたのです。

 このような技術的な偏りもまた、無意識の差別意識や意図的な思考操作が、どのように私たちの身近なところに潜んでいるかを示していると考えます。

職場で気づいた心のバイアス

 私自身も、職場で無意識の差別意識に気づかされることが、たびたびあります。

 ある日、黒人の患者が入院してきた際、病棟の看護師のひとりから、こういわれました。

 「彼は元プロの格闘技選手で、大柄で暴力的だから気をつけて!」と。

 私はその言葉に緊張し、身構えました。しかし、2日経っても、3日経っても、そのような患者に病棟で出会うことはありませんでした。

 そこで、まだその患者に遭遇していないことを同僚に伝えると、「さっきまでホールにいたよ。いまは自室で休んでるんじゃない? あいつは目立つから見逃すことはないはずだよ」との返事。

 しかし、一向にそれらしい人物に会わず、我慢できなくなった私は、男性職員に頼んで一緒にその患者の部屋に挨拶に行こうとしました。

 すると、すかさず「彼はそこにいるよ」といわれ、緊張しながら振り返ると、確かに黒人の男性が立っていたのですが…。

人種に対する先入観

 私の頭の中は混乱していました。

 「えっ! この人が『大きくて怖い』といわれていた人? 昨日ホールに座ってたのを見たけど…。そもそも、私の夫の方が大きいんじゃないか? それともこの人の方が大きい? 怖い?」

 そんな風に頭のなかで考えを巡らせているうちに、長い沈黙が続きました。

 そのせいか、その患者は怪訝(けげん)そうに私を見つめながらも、やがてニヤリと笑って「よ!」と一言。私は我に返り、自己紹介をしたのですが…。

 これは、人種に対する先入観の典型例です。

 こうした偏見は、患者との信頼関係を築く上で大きな障害になります。

 私も、もし自分の夫と出会っていなければ、このような偏見をいまでも持っていたかもしれません。

 無意識の差別意識が、医療現場でもどれほど大きな影響を及ぼしているのか、深く考えさせられました。

無意識の壁を乗り越えるために

 この一連の事例からわかるように、無意識の差別意識は私たちの社会に深く根づいており、私たち自身もそれに気づかずに行動していることが多いのです。

 この差別意識を解消するためには、仏教でいうところの「気づき」の練習をすることだと思います。

 されど、気づくことが怖いと思うことも、たびたびあります。

 それはある意味で、自分の弱い部分、否定していたい部分を、受け止める行為でもあるからです。

 そのため、防衛反応がでて、見ようとしない、指摘してくれた人に対して怒ったり、恨んだりする、という行為として出る場合もあります。

 それでも、まずは自分自身の無意識の偏見を自覚し、他者への配慮や理解を深める努力は大切だと思います。

 無意識のバイアスは、個人だけでなく、社会全体の課題でもあり、それを乗り越えることは容易ではありません。

 だからこそ、決して歩みを止めず、一つひとつ取り組んでいく…。変革の道が開ける方法はそれ以外にないと、そう考えるのです。

 次回は、日常生活のなかで無意識の差別がどのように現れるのか、人種差別以外の差別からも考察していきたいと思います。

第35話はこちら

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感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室

ABOUT ME
エンジェル 恵津子
東京都出身。音大卒業後イギリスに渡り、現在はアメリカのカリフォルニア州立病院で音楽療法士として勤務。和太鼓を用いたセラピーは職員、患者共に好評。厳しい環境下で自分に何ができるのか模索しながら、慈悲深く知恵のある人を目指して邁進中。 歌、折り紙、スヌーピーとスイーツが大好き。
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