➤逆境のエンジェルとは
「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する筆者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。
➤前回のあらすじ
昨年1月から始まった連載を通して、一年をふり返り、筆者の気づきと新年に向けた抱負を語っています。(第43話「一年間の連載を通しての気づきと来年の抱負」はこちらからご覧ください)
穏やかならぬ新年の幕開け
新年あけましておめでとうございます。
アメリカでの年末年始は、日本と比べると非常にあっけなく感じられます。今年も大晦日のカウントダウンと花火で年が明け、銃声も響いて少々怖い思いをしながら、新しい年を迎えました。
元日は祝日ではありますが、多くの人が翌日には通常業務に戻ります。除夜の鐘を聞いて、静かに厳かに新たな年を迎え、三が日をゆったりと過ごす日本文化がどれだけ心に安らぎを与えていたか、改めて思い知らされます。
私も大晦日は仕事で、仕事始めは2日からでしたが、それでもできる限り日本のお正月らしさを大切にしたいと思い、年末には整理整頓と大掃除を済ませ、年越しそばをつくり、そのお出汁を雑煮にアレンジしました。
そして、バークレーにある日本食屋さんで購入した手づくりのおせち料理とお寿司を囲み、ささやかながら新年を祝いました。夫にはいまだ新しい習慣ではありますが、私にとっては、このような小さな習慣のなかに、遠く離れた故郷とのつながりを感じています。
しかし、2025年の幕開けは穏やかではありませんでした。
ニューオーリンズでの銃乱射事件、ラスベガスでのトラック爆発といった暗いニュースが相次ぎました。そしていま、南カリフォルニアでは干ばつによる大規模な自然火災が発生しています。
さらに、新年早々多くの注目を集めているのが、なんといっても来週に控えた大統領就任式です。今回の選挙結果を受け、トランプ大統領が再び政権を担うこととなりました。
現在、トランプ氏の名前をニュースで見ない日はありません。国内外で賛否が分かれ、社会には不安と緊張感が漂っています。
私の周囲にも、不安を口にする人は多いです。ただ、私は自分の生き方が試される年でもあるとも思っています。
トランプ政権下で何が始まるのか
トランプ大統領の政策は、経済や雇用の安定といった表向きの理由で支持されているようです。しかし、それだけでは説明のつかない支持層の強固さがあります。
特に、白人至上主義に傾倒する有権者などの支持が、彼の選挙運動を大きく支えていた、これは紛れもない事実です。
たとえば元日に起きたニューオーリンズでの銃乱射事件。容疑者はアメリカ国籍の退役軍人であるにも関わらず、トランプ大統領は「移民が引き起こした事件だ」と発言しました。
このような発言は、移民や有色人種に対する偏見や差別を助長し、社会の分断を深める要因となりえます。トランプ政権下では、こうした偏見が制度や政策として形を取る危険性が指摘されていて、私も懸念を抱いています。
USDA(米国農務省)の調査によると、アメリカの農業の実に5割が不法移民でまかなわれているといわれ、トランプ大統領の公約どおり実際に強制送還されるとなると、農業が成り立たなくなるでしょう。
不法移民を雇うことは、保証がなく安い賃金でまかなえるという利点があり、多くの利益を得ることができます。
現在は異常な物価高とはいえ、アメリカ国籍の人を雇用すれば、保証や最低賃金の課題が出てきます。もし正式な保証や平等な賃金を払えば、野菜などの物価が高騰することは想像に難くないでしょう。
また、私が職場で所属している、人種差別などを正そうと活動する委員会では、「人種差別をなくすためのトレーニング」と題された研修が、トランプ大統領の就任により、名称に「懸念がある」と却下されました。研修自体の雲行きも怪しくなっている状況です。
こうした現状下で、私たちはどのように生きていけばよいのでしょうか。
私はこれに対し、大愚和尚の法話を聴きながら、そこで紹介された「正しく見る」、つまり仏教でいう「正見」の視点を養うことが重要だと感じています。
「象を触る」たとえ話から学ぶもの
「正見」とは、物事をありのままに見ることです。大愚和尚がよくお話しされる「盲人が象を触る」という、たとえ話をご存知でしょうか。
ある人は象の鼻を触り、「象は長いホースのようだ」といいます。また別の人は足を触り、「象は太い木の幹のようだ」といいます。
どちらも部分的には正しいのですが、象全体に触れていないために、それを全体像だと思い込んでしまいます。
さらに、その見方を仲間内で共有することで、他の意見を受け入れられなくなってしまいます。これが私たちの思い込みや、偏見の一例です。
私も、自分の立場や経験を通してしか、物事を見られないことが多々あります。
どうしても自分の経験や考え方のクセ、ある一定の情報源だけを頼ってしまいます。また、自分の納得がいかない情報については、シャットアウトしてしまったり、自分の考えの正当性を誇示しようとしてしまいます。
だからこそ、それに気づき、広い視野を持てるように、今年はいままで以上に努力したいと思っています。
象の体全部に触れられなくても、鼻だけでなく、足や耳も認識するよう努めることで、より正しい判断に近づくことができるのではないか。そのように思っています。
偏見とは、どこからどのように生まれるのか
今回の投稿では、もう一度、無意識の差別と学習について考えてみたいと思います。
日本にも近年、たくさんの外国人が訪れ移住しています。毎回日本に帰省するたびに、空港にあふれる外国人の多さや、道いく外国人、レストランやコンビニで働く外国人が増えたことに気づかされます。
そんな多様化する日本において、今回ご紹介することは、私たちが考えていくべき課題でもあると思います。
人種への偏見があるのはアメリカだけではありません。日本でも形は違えど、偏見は根深く存在しています。
ネルソン・マンデラ氏の言葉に、こんな一節があります。
肌の色や育ち、信仰の違いを理由に
他人を憎むよう生まれつく人などいない。
人は憎むことを学ぶのだ。
もし憎むことを学べるなら、愛することも学べる。
愛は憎しみより自然に人間の心に届くはずだ。
私はマンデラ氏の意味する「愛」を、仏教でいうところの「慈悲」と受け止めています。
マンデラ氏の言葉は、人間の偏見や差別が生まれつきのものではなく、後天的に学ばれるものであることを示しています。同時に、それが学び直せるものであることも。
心理学の研究によれば、子どもは1歳から3歳の間に性差や肌の色の違いを認識し始めます。しかし、それが差別意識につながるかどうかは、彼らを取り巻く環境によるものが大きいのです。
親や教育者が、「平等」を口にしながらも無意識の偏見を抱えていると、その矛盾を子どもは敏感に感じ取ります。そして、その価値観を無意識のうちに学んでいくのです。
現に、幼い子どもが人種について、どのように感じるかを調べた研究があります。
たとえば、ハーバード大学の研究では、3歳から14歳の白人の子どもたちに、さまざまな人の顔写真を見せたところ、白い肌の顔を「幸せそう」と思い、黒い肌やアジア系の顔を「怒っているように見える」と感じる傾向がありました。
さらに、白い肌の顔は「頭がよさそう」と感じ、肌が濃くなるほどに「意地悪で、悪い人」と感じるのだといいます。
ちなみに、黒人の子どもには、このような偏りは見られなかったと報告されています。
しかし、「クラークの人形実験」では、黒人の子どもが白人の人形を好み、黒人の人形を嫌う傾向が見られたとのこと。これは社会の偏見や差別の影響を示しているのだといわれています。
こうした研究からわかるのは、幼いころから社会の影響で、人種についての考えが形づくられるということです。
「テスト」で気づかされた、自分のなかの偏見
この傾向は西洋諸国だけに留まりません。日本や、他のアジア諸国に住む人にも、似たような傾向があるのです。
偏見について考える第一歩として、ハーバード大学が提供する「無意識の偏見テスト」をご紹介します。
このテストは、無意識のうちに抱いている偏見を見つめ直すためのツールで、日本語版も利用可能です。
私自身もこのテストを試してみましたが、結果として、いまだに白人を優位に考える傾向があることに気づかされました。
私の夫はアフリカ系アメリカ人であり、勤務先では日々多様な人種や背景を持つ人々と接しているにも関わらず、こうした結果が出たことには、驚きと同時に、無意識への刷り込みの影響がいかに大きいかを改めて考えさせられました。
このテストは、ちょっとしたゲーム感覚で行えるので、人種に限らず、LGBTQや障がい者に対するバイアスなど、多様なテーマについての自己認識を深めることができます(※)。
慈悲と共感の心で未来を照らしたい
2025年、新しい年の幕開けに、私は「正見」を心に留めると同時に、「慈悲」の心を育むことを、しっかりと実践していきたいと思います。
本年もこの連載から、みなさまと心をつなぐ記事をお届けできるよう尽力してまいります。今年もどうぞよろしくお願いいたします。
※ リンク:IATテスト日本語版
次回の投稿では、私たち夫婦の性格の違いについてお話しします。性格の違いが、問題への解決方法にどのように影響するのかを考えます。また、「巧みに賢く生きる」とはどういうことかを、医療現場での反応の違いを例に挙げてご紹介します。更新は1月27日、夜7時です。
記事の一覧はこちら
(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)