この記事は、大愚和尚の幼少期から佛心宗誕生にいたる半生を、物語風にお届けするシリーズです。大愚和尚の歩みは、私たちにとっても大切な学びにあふれています。映画にも劣らないエピソードの数々を、ぜひ最後までお楽しみください。
お寺にやってきた“謎のおじさん”
元勝少年の父であり師匠でもある住職は、ある1つの信念を抱いていました。「どんな人間でも才能や善性を秘めており、相応しい環境さえあれば必ず開花する」。
そう言って、社会に馴染めず行き場を失った人々を、福厳寺に受け入れることがありました。彼らはドウコウさんのように、お寺のお手伝いをしながら、暮らしていたのでした。
ある日、とつぜん福厳寺を訪ねてきた“謎のおじさん”も、その1人になりました。住職に会うなり頭を下げ、「決してご迷惑はかけません。境内のどこでもかまいませんので、寝泊まりさせていただけませんでしょうか」と、懇願したのです。
元勝少年はどんな人が来たのかと、興味津々になりました。「え、なになに。誰なんだろう、何してる人なんだろう」。暇さえあれば、気になって観察します。
謎のおじさんは、周りから“デンパさん”と呼ばれていました。デンパさんは、お寺の本堂と納屋をつなぐ外廊下の片隅に“ござ”を敷き、その上を居場所にしていました。
毎夜、ござの上に古びた布団を敷いて眠り、朝になると必ずどこかへ出かけ、夕方に戻ってきます。
しばらくすると、福厳寺のお風呂焚きの作業を、日課にし始めました。当時のお風呂は旧式で野外にあり、薪をくべて火を焚き、沸かす方式でした。

デンパさんは晴れの日も雨の日も、役目を絶対に欠かしません。ある日、デンパさんが薪をくべていると、元勝少年が周りをちょろちょろしながら、質問攻めにします。
「ねえ、何してるの?これは何に使うの? 何でデンパさんがやってるの?」
「おお、“元ちゃん”。いつも、元気があり余っていて、いいなあ」。
デンパさんは元勝少年を可愛がり、子ども扱いせず、聞かれたことに対してもしっかりと答えてくれました。
「オレは“元ちゃん”のお父さんの厚意で、居させてもらってるからさ。タダじゃ、申し訳ない。だから、せめて出来ることをやってるんだよ」。
また、デンパさんは、毎日お風呂を焚きつつも、自身が入浴することは一切ありませんでした。いつも外で1人、水を浴びながら身体をこすって、清潔にしています。
元勝少年は、聞きました。「ねえ、なんでデンパさんは入らないの? デンパさんが温めてるんだから、入ればいいのに」
「何だろう、けじめっつうのかな。オレはお寺の人間でも、お坊さんでもない。だけど特別に、住まわせてもらってるんだ。勝手に甘えちゃいけないなって。みんなが温まって、喜んでくれたらそれでいいんだ」。
デンパさんはこの言葉通り、共同生活を送りながらも、どこか一線を引いている面がありました。必要以上に関わろうとはせず、食べ物やお金を求めることもありませんでした。
一隅を照らす人
それから何年かが経った後、デンパさんはとつぜん住職に「お世話になりました。本当にありがとうございました」と告げ、どこかへ去って行きました。
以来、元勝少年はデンパさんと再会することはなく、まるでどこかの旅人のように思えました。
ある日、元勝少年は何気なく、外廊下の片隅に目をやりました。そこには何もなく、かつて“ござ”が敷かれていた場所は、ただの床になっています。
その空間が、やけに小さく見えた瞬間、心の中に、さあっと涼しい風が吹き抜けたような、一抹の寂しさを覚えました。
「デンパさん・・」。

平安時代の僧・最澄が説いた言葉に、『一隅(いちぐう)を照らす』という一語があります。
「たとえ人目につかない片隅のような場所であっても、自らの居場所で懸命にできることを尽くしなさい。そうすれば、人として輝き、周りを明るく照らす」——そんな意味が、込められた言葉です。
デンパさんは文字通り、福厳寺の“片隅”に住み、一隅を照らしていた人でした。また後に分かったことですが、デンパさんは今で言う“ホームレス”でした。
しかし、 そこに卑屈さはなく、いつも筋を通して堂々と暮らしていました。
たとえ先々、家や財産を失うことがあったとしても、デンパさんのように一隅を照らせる人であれば、生きていける場所はある。
元勝少年は、学校では教わらない気づきを、デンパさんの背中から受け取ったのでした。
ダジャレ大好きおじさん
福厳寺での共同生活の中で、もう一人元勝少年の心に、深く刻まれた人がいました。
北海道からやって来た“エイチさん”と呼ばれる、おじさんです。頭を剃り、さまざまなお手伝いをしながら、暮らしていました。
なぜか元勝少年ら3人兄妹を前にすると「トラがおこっ“とら”」「イカが“いか”った」などと、ダジャレを連発します。
何だか面白い人だったので、元勝少年は自然とエイチさんのことが、好きになりました。
ある日、元勝少年は、境内で野良ネコがくつろいでいる姿を見かけました。すると、いつの間にかエイチさんが背後に忍びより、言いました。
「おやおや、ネコが“寝転”んでるねえ。ふ、ふふふふ・・」。
元勝少年が思わず「ぶふっ」と吹きだした直後、少し遠くからお寺の職員の、呼び声が聞こえます。
「ちょっとエイチさん、まだ作業の途中ですよ!何やってるんですかあ」。エイチさんは愉快な人で、しばしばギャグに夢中になってしまう、お調子者の一面がありました。
人間を見定めていた住職

福厳寺は、質実剛健を旨とする禅寺でした。どの作業も真剣勝負で、気の抜けた態度は許されません。しかしエイチさんは不器用かつ、うっかりミスも多く、しばしば住職から激しい叱責を受けていました。
元勝少年が子どもながらに心配し「大丈夫?」と声をかけると、エイチさんは言いました。
「見られちゃったかあ、あはは。でも、言われてることは正しいから、仕方ないんだあ」と、いつの時も言い訳はせず、受け止めていました。
一方で元勝少年も色々とやらかし、住職から雷が落ちたり、こってり絞られたりすることも、少なくありませんでした。
落ち込んだときや、理不尽さに腹を立てたときには、いつもエイチさんが寄ってきて、なぐさめてくれるのでした。
「“元ちゃん”、怒られちゃったかあ。大丈夫?」。
元勝少年が「いつもは、ちゃんとやってるもん。たまたま1回だけ失敗を見たからって、ひどすぎる」とこぼすと、エイチさんは言いました。
「そっかあ、それは悔しいよなあ。でも“元ちゃん”のお父さんは立派な人だから。それは忘れないで。いつか頑張って、ああいう人になりな」と、住職の立場も考えて、フォローするのでした。
それからしばらくして、エイチさんは住職の勧めで、大型自動車の免許を取得。力仕事や運搬の作業が向いていたのか、いつもトラックで色々な物を運び、大勢の役に立てるようになりました。
当時の元勝少年には分かりませんでしたが、住職は誰でも彼でも、お寺に受け入れていたわけではありません。
しっかりと相手を見て「この人であれば」と見込んだ人を引き受け、適材適所を考えていたのでした。
エイチさんの場合は不器用ではありつつも、ひねくれたり陰で人の悪口を言わず、逆に他人の良い面を語る、真っすぐな性格。周囲を楽しませようと思う心。そこに、大きな可能性を見出されていました。
元勝少年は後の人生において、学校や会社といった集団の中で、どんな人が受け入れられ、力を発揮できるのか。
上に立つリーダーは、どのように人を活かすべきか。デンパさんやエイチさんら、さまざまな人との共同生活から、特別な学びを得ていました。
こうして福厳寺ならではの、幼少期を過ごした元勝少年。その先々にはさらに、一生忘れられない出来事や、波乱の連続が待っていたのでした。
≫第3話に続く
※イラスト:和田幸子


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