➤逆境のエンジェルとは
「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する著者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。
➤前回のあらすじ
アフリカ系アメリカ人の男性との出会いを通して知る、黒人への偏見と、自分のなかにある差別意識。そして、アメリカ社会の根底にある白人至上主義と、それに迎合して生きるマイノリティについて語っています。(第11話『無知と偏見』はこちらからご覧ください)
アメリカは本当に共存社会?
アメリカで生活して感じた違和感のひとつは、人種による居住地の分離でした。
私の住む地域では、白人コミュニティ、メキシコ人コミュニティ、黒人コミュニティといったように、人種ごとに区分けされた地域社会が存在していました。
仕事の休みの週末には、日本人の知り合いと、ロサンゼルやパームデザート、サンディエゴに出かることがよくありましたが、そこでも、地域によって住む人種がはっきりと分かれています。
そして治安の良し悪しは、地域によって極端に変化していました。
「アメリカは多様な民族が共存する社会ではなかったの?」。
最初は不思議に思いましたが、すぐ納得できました。分離されたコミュニティが作られる背景、それは同じ人種同士でいることによる安心感や居心地のよさだけではないのです。
根底にあるのは、白人至上主義社会の確立と、その継続。この状況は、アメリカ社会の複雑さと、表面には見えない深い歴史的・社会的な問題を浮き彫りにしてます。
住む地域が人種で決められてしまう現実
「レッドライニング」という言葉をご存知でしょうか。
これは、特定の地域の住民に対し、銀行などの金融機関が、住宅ローンを組ませなかったり、組ませたとしても通常より高い金利を要求したりする、いうなれば「住宅差別」の政策です。
1930年代、ニューディール政策(※)の一環として、連邦住宅局(FHA)は住宅ローン保険プログラムを立ち上げました。
ここで行われたのが、住宅地域の投資リスクによる色分けで、最もリスクが高いとみなされた地域は、地図に赤色でマークされました。
この「赤い線」で囲まれたエリアがレッドライニングで、ここにはおもに、アフリカ系アメリカ人や移民が居住していました。
そして、ここに住む住民は、住宅ローンを受けられず、新しい家を購入することが困難という現実に直面。これが、貧困や犯罪が集中するゲトー地域の形成につながりました。
レッドライニングの影響は住宅市場だけではありません。たとえば、投資が避けられた地域の公立学校は、運営資金の不足により教育の質が低下。
医療や食料品店のような生活基盤(ライフライン)といえるサービスも十分でなく、住民の生活はさまざまな苦難にさらされていました。
※ アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトが、世界恐慌を克服するために行った一連の経済政策
★上の地図は、1937年のサンフランシスコの居住区分の地図。🟩一等地、🟦二等地、🟨三等地、🟥四等地。無色の地域は未開拓地や商業地。
★下の地図は、ロサンゼルスの居住区分の地図です。
写真提供は”T-RACES: a Testbed for the Redlining Archives of California’s Exclusionary Spaces” R. Marciano, D. Goldberg, C. Hou http://t-races.net/T-RACES/mosaic.html
違法なのに、なくならない慣習
1948年まで白人居住区では、白人以外に住宅の販売を禁じるという慣習がありました。
1968年、公正住宅法が制定され、人種、宗教、国籍などを理由とした住宅における差別が禁止。
1977年には金融機関に対し、営業地域のすべてのコミュニティに、公平にローンを提供する義務が課されました。
レッドライニングと呼ばれる慣行が禁止されたのです。
しかし、違法であるにもかかわらず、この慣習は根強く残り、現在でも都市部での人種的隔離が行われ、経済的不平等の一因となっています。
カリフォルニア州やニューヨーク州の貧しい地域には、いまも黒人やその他の少数民族が多く住んでいます。
私が住む北カリフォルニア州では、自然豊かな北の郊外へ行くほど、白人の居住地域が多く見られます。
上の地図からもわかるように、レッドライニングの地域は、おもに商業用地のそばにあり、そこに住む住民が汚染水や騒音などの問題に直面することが、容易に想像できます。
経済的に余裕のある黒人家族であっても、子どもの教育を考慮し白人居住地域の家を購入しようとすると、不動産業者に紹介されない、高額な価格を提示される、理由をつけて居住が拒否される、などの事態が発生します。
なかには、白人の友人に物件契約を代行してもらって購入する黒人家族もいますが、購入後に近隣住民とのトラブルや嫌がらせを受けることがあります。
ときには、黒人男性が自宅近くを散歩しているだけで、警察に通報され、不審者として尋問されたり、逮捕されたり。暴行を受け、最悪の場合は射殺される事件も発生しています。
私も家探しをする際、話が進んで夫を交えて次の段階に進もうとしたところ、状況が急変。別の家族に決まったと告げられたりしました。
契約段階では夫の存在が無視され、契約書の説明が私だけに行われるなど、不公平な扱いも受けました。
無意識の差別に至る理由
社会の分裂を示すもうひとつの顕著な例は、有色人種が多く住む貧困地域と白人が多く住む富裕地域の、学校の質の極端な差です。
白人が多く住む地域では、市の予算が豊富に割り当てられ、質の高い教育環境が提供されます。
学校の運営資金は、おもに地域内で徴収される固定資産税に基づいています。
その結果、税収が豊富な地域は教育により多くの資金を使うことができ、優秀な教師を雇用することができるというシステムです。
私たちアジア人も、子どもに良質の教育を受けさせたいという願望から、このような地域の学校に通わせることを望みますが、その過程で、白人社会に溶け込もうとするあまり、白人を過度に尊重し、他の有色人種を見下すような行動を取ることがあります。
多くの場合、自身がそうした行動を取っていることに気づかないことが多いです。これを「マイクロアグレッション」(無意識の差別)と呼びます。
このような態度を取るアジア人に対しては、ときに「バナナ」という蔑称(べっしょう)が用いられることがあります。
これは、外見は「黄色」(アジア人を指す)であるが、内面は「白」(白人文化を受け入れている)という意味であり、自身の文化やアイデンティティを軽んじる行為を非難する隠語です。
次回は、義理の両親との関係と、結婚式に行く途中でのとんだハプニングについて、物語を進めていきます。
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Angel’s column 【知ってほしい! アメリカの社会的背景 その③】
食べ物を用いた比喩は、前述の「バナナ」以外にも、ときとして個人の外見(肌の色)と、内面における文化的アイデンティティや価値観の、ギャップを示すために使われます。
たとえば「ココナッツ」は、外見がラテン系や南アメリカ系である一方で内面的には西洋化している人を、「オレオ」はアフリカ系の外見と西洋的な内面を持つ人を指します。
さらに、特定の民族や人種に対して、しばしば食べ物を用いた蔑称が使われることがあります。「Rice」(米)は東アジア人、「Beans」(豆)はラテン系や南アジア系の人を指すときに使われ、「Watermelon」(スイカ)はアフリカ系の人々に向けられることがあります。
これらの表現は、しばしば個人や集団を不当におとしめる目的で使用されます。アメリカの元大統領オバマ氏が在任中、スイカを食べる姿を描いた風刺画で攻撃されたことは、人種に対する先入観と偏見がいかに根強く残っているかの現れです。
(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)
比較的リベラルな印象の米国の西海岸にさえも、それほどのあからさまな人種差別が存在しているとは思っていませんでしたので、自分の無知さ加減と共に社会の理不尽さに怒りと悲しみを覚えます。せめて、家族や日々関わる人たち、出会う人たちにもっと丁寧で温かい気持ちで接したいと思います。
えつこさん、ご経験を通じていろいろと教えていただけてとても感謝します。
SYさん
コメントありがとうございます。西海岸はリベラルな地域と保守的な地域があります。しかし、長年刷り込まれている差別意識を変えることは、容易ではないのだなと思います。平等を考えた時に、自分の地位が脅かされているように感じる人たちも結構いるのでしょう…
このように連載を書かせていただいていますが、私の中にも、色々な意味でまだまだたくさんの差別意識や無知があり、愕然としますが、諦めずに精進して行きたいと思います。
いつもお読みくださりありがとうございます。