提灯の明かりがともり、櫓の上から太鼓の音が響く。
浴衣姿の人々が集まり、同じ節に合わせて、大きな輪になって踊る。
盆踊りは、日本の夏を代表する風景です。
しかし、考えてみると不思議ではないでしょうか。
お盆は、亡き人やご先祖を迎え、供養する時期です。大切な人を偲ぶ行事であるのに、なぜ私たちは歌い、太鼓を打ち、踊るのでしょう。
そこには、悲しみを一人で抱え込まず、地域の人々と分かち合いながら、亡き人を温かく迎えてきた先人たちの智慧がありました。
お盆は七月の地域も、八月の地域もある
お盆は、七月または八月の十三日から十五日、地域によっては十六日まで行われます。
現在は八月に営む地域が多い一方、東京をはじめ、七月にお盆を迎える地域もあります。行事の日程や迎え方は、地域、宗派、家庭によって異なります。
盆踊りもまた、全国共通の一つの形があるわけではありません。
櫓(やぐら)を囲んで踊る地域もあれば、通りを練り歩く地域、太鼓を打ちながら家々を巡る地域、夜を徹して静かな唄に合わせて踊る地域もあります。
浄土宗の公式サイトでは、盆踊りの源流の一つとして、空也上人や一遍上人によって広められた念仏踊りを挙げています。それが各地の信仰や風土と結びつき、多様な盆踊りへ発展したとされています。
※浄土宗「それぞれの形で供養を お盆」
盆踊りは、決められた一つの踊りではありません。
その土地の人々が、亡き人をどのように迎え、どのように送りたいかを表してきた、地域ごとの祈りなのです。
悲しいのに、踊ってもいいの?
大切な人を亡くしたとき、「笑ってはいけない」「楽しんではいけない」と感じることがあります。
自分だけ楽しい時間を過ごすことが、亡き人を忘れることのように思えるからです。
けれども、盆踊りが教えてくれるのは、供養と喜びは必ずしも反対ではないということです。
帰ってきたご先祖を、暗い顔だけで迎えるのではなく、明かりをともし、食べ物を供え、歌や踊りでもてなす。
「今年も帰ってきてくれて、ありがとう」
「私たちは元気に暮らしています」
踊りには、そんな報告や感謝も込められてきたのでしょう。
亡き人を思いながら笑うことは、その人を忘れることではありません。
その人から受け取った命を、今ここで生きていると伝えることでもあるのです。
亡き人も一緒に踊るという感覚
秋田県の「西馬音内(にしもない)の盆踊」では、踊り手の中に、顔を黒い頭巾ですっぽりと覆う人々がいます。
その姿には亡者を表したという伝承があり、盆に帰ってきた精霊と一緒に踊る供養踊りの面影を残していると、文化庁の文化遺産オンラインで紹介されています。
※文化遺産オンライン「西馬音内の盆踊」
ここでは、生きている人だけが踊っているのではありません。
目には見えなくても、先に亡くなった人々も輪の中にいる。
そう想像することで、死者と生者を完全に切り離さず、同じ地域、同じ家族の一員として感じることができます。
亡き人の姿が見えなくなっても、その人が残した言葉、習慣、味、笑い方は、今を生きる人の中に続いています。
盆踊りの輪は、その目に見えないつながりを、体で確かめる場所なのかもしれません。

踊りの「輪」が教えてくれること
櫓(やぐら)を囲む盆踊りの輪には、先頭も最後尾もありません。
上手な人も、初めての人も、大人も子どもも、同じ太鼓を聞きながら一つの方向へ進みます。
振りを間違えても、隣の人を見れば戻ることができます。疲れたら輪を離れ、また入りたくなったら戻ることもできます。
この姿を仏教の「縁起」と重ねて見ることができます。
私たちは、一人だけで生きているのではありません。食べ物をつくる人、町を守る人、子どもを育てる人、文化を伝える人。そして、命をつないでくれた無数の先人。
多くの縁に支えられながら、今日を生きています。
盆踊りの輪に入ると、自分もまた、大きなつながりの一部であることを体で感じられます。
文化庁は、盆踊りや念仏踊りを含む「風流踊」について、死者供養や除災、豊作祈願など、人々の安寧な暮らしを願う祈りが込められ、地域の活力にもつながってきたと説明しています。「風流踊」は2022年、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
※文化遺産オンライン「風流踊」
踊りを受け継ぐことは、振り付けを残すだけではありません。
この土地で、誰と支え合って生きてきたのか。その記憶を次の世代へ手渡すことなのです。
悲しみを、地域で受け止める
現代では、人の死や悲しみは、とても個人的なものになりました。
家族だけで葬儀を行い、近所の人には詳しく知らせないことも増えています。それぞれの事情があり、静かに見送りたいという選択も尊重されるべきでしょう。
一方で、悲しみまで一人で抱え込んでしまうことがあります。
昔の盆踊りには、新盆を迎えた家の庭で人々が踊ったり、地域全体で精霊を送ったりする形もありました。長野県の「新野の盆踊」にも、新盆の家と地域の踊りが深く結びついた営みが伝えられています。
※文化遺産オンライン「新野の盆踊」
「あなたの大切な人を、私たちも一緒に覚えています」
地域で踊ることには、そんな無言の支えがあったのではないでしょうか。
悲しみを消すことはできません。
しかし、誰かが隣に立ち、同じ太鼓を聞き、同じ輪を歩いてくれることで、抱える重さが少しだけ変わることがあります。
見るだけでなく、盆踊りの輪に入ってみてください
近くで盆踊りが開かれるなら、今年は「踊りを見る」だけでなく、一度だけ輪へ入ってみてください。
上手に踊る必要はありません。
前の人の手をまねて、太鼓に合わせて一歩進む。それだけで十分です。
できれば、その土地の踊りの名前や由来も、年長者や運営している人に尋ねてみましょう。
「昔はどこで踊っていたのですか」
「この歌には、どんな意味があるのですか」
一つ尋ねるだけで、何げなく聞いていた音頭の向こうに、その土地で生きてきた人々の姿が見えてきます。
盆踊りがない地域や、参加できない事情がある場合は、自宅で故人の好きだった歌を聴くのもよいでしょう。
思い出の曲を家族で聴き、その人の話をする。
それもまた、亡き人と一緒に過ごす、小さな盆踊りです。

まとめ——輪の中には、見えない誰かもいる
供養というと、静かに手を合わせる姿を思い浮かべます。
けれども日本人は、手を合わせるだけでなく、歌い、太鼓を打ち、輪になって踊ることでも、亡き人への思いを表してきました。
悲しみを抱えていても、踊ってよい。
亡き人を思いながら、笑ってもよい。
命を受け継いだ私たちが、互いに支え合いながら生きている姿そのものが、何よりの報告になるのかもしれません。
今年、盆踊りの太鼓が聞こえたら、少しだけ足を止めてみてください。
その輪の中には、今を生きる人だけでなく、この町で生き、命と文化を手渡してくれた、見えない誰かも一緒に踊っているのです。


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