➤逆境のエンジェルとは
「逆境のエンジェル」とは、アメリカで生活する筆者が、自らの人生をふり返り、いじめや身体障がい、音楽への情熱、音楽療法士としての歩み、異文化での生活、異文化間結婚、人種差別など、さまざまな体験・挑戦を通じて得た気づきと学び、成長をつづった物語です。
➤前回のあらすじ
私たち夫婦の性格の違いから見える、巧みな生き方と効果的な問題の解決法について述べています。(第45話「性格の違いから学ぶ巧みな生き方とは」はこちらからご覧ください)
「フードデザート」を知っていますか?
「フードデザート」という言葉をご存じでしょうか。
一見、美味しそうに見える言葉ですが、これは「食品砂漠」という意味の言葉。
食事の最後に出される甘いもののデザートとはまったく別物で、スペルも、食べるデザートは「dessert」、砂漠を意味するデザートは「desert」と異なります。
フードデザートをひとことでいうと、「健康的な食品が手頃な価格で容易に手に入らない地域」のこと。
低所得者層など社会的弱者が住む地域で、商店街などが閉店してしまい、生鮮食料品など健康的な食品が簡単に手に入らない状態のことをこう呼びます。
このフードデザートと呼ばれる地域が、アメリカには存在しています。そして、その影響下にある人は、実に何百万人にものぼるといわれています。
では、このフードデザートの背景には、いったい何があるのでしょうか。

「肥満」と「貧困」は同義語だった!?
前述したように、フードデザートは、低所得者など社会的弱者が多く住んでいるエリアに広がっています。アメリカの場合、特に工業地域や開発の進んでいない地域で、こうした現象が見られます。
米国農務省(USDA)によると、都市部では住民の33%以上がスーパーマーケットから1マイル(1.6km)以上離れている場合、農村部では16km以上離れている場合、その地域はフードデザートとみなされます。
もちろん、スーパーが遠くても、車を持っていれば問題ありません。しかし、公共交通機関が不十分な地域では、買い物に行くこと自体が困難。特に高齢者や低所得層は影響を受けやすい状況にあります。
また、仮に近くに食料品店があっても、生鮮食品は加工食品に比べて価格が高い! そのため、貧困家庭では購入をためらってしまうのです。
さらに、品質の問題も。小規模な商店やコンビニでは、一応、生鮮食品を売っている場合もありますが、品ぞろえが悪かったり、鮮度が落ちていたりして、質のよい食品を手に入れるのが難しくなっています。
政府の食料支援プログラムもあることはあるのですが、利用ができる店舗が限られていて、なかなかその恩恵に預かることできないようです。
こうした現状下にあって、低所得者の多い地域では、人々は安価な加工食品やファストフードに頼らざるを得なくなってしまいます。
こうした食生活の偏りは、肥満、糖尿病、高血圧など、生活習慣病のリスクを上昇させるほか、疲労感、抑うつ症状、成長の遅れなども生じさせます。さらに、妊娠中の女性にとっては、合併症を引き起こす要因にも。その影響は極めて深刻です。
興味深いことに、アメリカでは最も貧困率の高い郡に住む人々が、最も肥満になりやすいというデータがあります。
貧困率が35%以上の郡では、裕福な郡と比べて肥満率が145%も高いという結果が示されています。
もはや、肥満は贅沢病ではない。貧困と同義語であることが明らかになっています。
意図的につくられていた「食」のアパルトヘイト
この問題は、単なる偶然ではありません。
フードデザートの多くは、かつてのレッドライニング(住宅差別)※や人種隔離政策の影響を受けた地域と重なっています。そして、これらの地域では、現在もスーパーマーケットの進出が非常に少ないのです。
こうした状況について一部の人々は、フードデザートではなく、「フード・アパルトヘイト(食の隔離)」という言葉を用いるようになりました。
これは、単なる地理的な要因ではなく、構造的な差別によって、特定の人々が健康的な食事を摂る機会を奪われている、という認識から生まれた言葉です。
そして、こうした構造的差別は、食品にとどまらず、さらに深刻な事態を引き起こしています。
※詳しくは第12話「居住分離に見るアメリカ社会」をご覧ください。
貧富の差は、水道にも
アメリカで水質汚染が問題になっている地域。その多くは、フードデザートとも重なっています。
工業地帯や開発が進んでいない地域に存在しているフードデザートでは、水道の設備もきちんと行われていないのです。
たとえば、パイプが腐敗しないよう防腐剤を施すなどの処理がなされていないために、腐食した物質が水道水に混ざり込んでいることも少なくありません。
特に有名な事例が、2015年にミシガン州フリント市で起こった、水道水の鉛汚染問題です。
老朽化した水道設備により鉛が混入し、長年にわたり、住民が汚染された水を飲み続けるという事態が発生しました。
この影響は特に子どもたちに大きく、鉛中毒による神経発達障害が懸念されています。
事実、多くの子どもが鉛中毒による学習障害、注意欠陥、多動性、IQの低下、行動問題などの神経発達障害を発症したことが報告されています。
さらに、この鉛汚染は、成長してからも学習能力や社会適応能力に悪影響を与えることが知られています。
この問題を受け、当時のオバマ大統領が、濾過(ろか)した水の安全性を保証するために、フリントの水道水を飲んでみせるパフォーマンスを行いました。しかし、現在も根本的な解決には至っていません。
水道管の付け替えなどが行われているものの、一部の住民は、依然として安全な水への不安を抱えています。

シェルターから見えた食の現実
私が住んでいる街でも、貧富の差は顕著です。
ある地区では、見るからにさびれた、治安の悪い地域が広がっていますが、同じ街の別の地区に行けば、裕福な人々も暮らしています。
最近、私は街のホームレスシェルターを訪れる機会がありました。
実は、自分たちが食べるためにスーパーなどで購入した食品が、その後の予定変更により、余ってしまうことがわかったからです。
新鮮な野菜や果物、パンなどが賞味期限内に使い切れないと判断した私は、フードバンクに寄付することにしました。
一般のフードバンクでは缶詰などの加工食品の取り扱いが主流ですが、このシェルターでは生鮮食品も受け入れています。
ちなみに、ここのシェルター利用者は、特に家庭内暴力から逃れた女性たちが一時的に生活する場として機能しています。
私が訪ねたときは、建物の外にふたりの黒人女性が子犬と戯れている姿に出会いました。
私が思わず「かわいい!」と声をかけると、彼女たちもにこやかに「かわいいわよね!」と返してきました。そんな、ごくごく普通の和やかな交流に心温まるものを感じました。
私は個人的に、ホームレスの人々にお金で寄付をすることには、あまり賛成の立場ではありません。あくまで労働への報酬という形が望ましいと思っているからです。
しかし、労働をするためには健康な食事は切っても切り離せないものです。なので、このような形での寄付は大切だと思っています。今後もこのように、ときどき新鮮な食品を届けようと決めました。
それにしても。この街を歩くと、かつては見かけなかったホームレス用のテントが増えていることに気づかされます。
先日は、ディスカウントストアのレジで、高額な精算に驚き、お金が払えず店員に詰め寄る人を見かけました。
最近では、鳥インフルエンザの影響で卵の価格が高騰し、1ダース(12個)の卵が日本円にして1,500円以上です。
物価高騰により、食料品を購入することさえ困難になっている‥。その現実は、日に日に深刻になっているように感じてしまいます。

見えない壁を越えるために
フードデザートと水の汚染の問題は、アメリカにおける歴史的な社会格差と密接に結びついています。
これらの地域に住む人々が直面するのは、単なる食の問題ではなく、健康、教育、生活全般にわたる不平等です。
私たちにできることは、小さな行動でもいいから、現実を知り、支援できる場面で手を差し伸べることではないでしょうか。
食品を無駄にせず、必要としている人に届けること。あるいは、この問題について周囲と話し合うこと。
それらが、いまある食の壁を、少しずつ崩していく力になるのかもしれません。
次回の投稿のテーマは、2月の黒人歴史月間についてです。
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(感想、メッセージは下のコメント欄から。みなさまからの書き込みが、作者エンジェル恵津子さんのエネルギーとなります。よろしくお願いします。by寺町新聞編集室)
恵津子さん、こんにちは!
今回も、学びになる記事をありがとうございます。
「卵が1,500円以上」というお話が本当に衝撃で、卵を見るたびに思い出しています。
それでなくても、調理には時間や手間が必要なところ、食材を「入手する」時点で高い費用や労力が掛かるとなれば、安価で日持ちする加工食品に手が伸びてしまうことも納得です。
日常にまぎれて、日本はおろか、外国の出来事からも目を逸らしがちでしたが、同じ日本出身、かつ誠実な恵津子さんの「視点」や「体験談」に惹かれて、記事を拝読しています。
当たり前のように思っていた社会保障や快適な暮らしへの「感謝の気持ち」や、社会問題に対する「意識」を強めていただいています。
まだ具体的な行動を起こしたというわけではありませんが、自分にできることを「探す」ことすら忘れてしまわないためにも、今後も学ばせていただきたいと思います。
アサミヤさん、温かいコメントをありがとうございます。
卵は数が少ないため、価格が高騰しているだけでなく、いつもなら棚いっぱいに並んでいる卵売り場も、現在は1/4から1/5ほどしかなく、多くのスーパーで「一人1ダースまで」と購入制限がかかっています。
大愚和尚も最近のYouTubeでアメリカの異常な物価高について触れていらっしゃいましたが、本当に何から何まで高く、低所得層にとっては食料品を買うこと自体がますます厳しくなっていますね。ファーストフードさえも値上がりしている状況です。
そもそも食材を手に入れる時点でのハードルが高ければ、加工食品に頼らざるを得ない——私自身も日々それを痛感しています。
また、私の記事が社会問題への意識を高めるきっかけになっているのでしたら、こんなに嬉しいことはありません。
私自身も迷いながら学び続けていますが、こうして文章を書くことで、つい忘れてしまいがちな自分に喝を入れている部分も大きいです。そして、このようにコメントをいただき、言葉を交わしながら一緒に考えられることがとてもありがたいです。
またいつでも、感じたことをシェアしていただけたら嬉しいです!ありがとうございました。
恵津子さん、
いつもありがとうございます!
改めて世の問題に向き合い、考える機会をいただきました。
私も日本に住みながら、皆「このままじゃいけんよね、、」とは心のどっかでは思いつつ、自分のことでいっぱいいっぱいだったり、事なかれ主義だったり、自分さえ良ければいいだったりで、問題を周囲と話し合う場面は、とても少ないと感じます。
けど、こうして恵津子さんのように声をあげる人がやはり少な過ぎるからだと、今回の記事を読んで思いました。
私も、もっと「これってどうなの!?」という意見をちゃんと発信していきたいです。
気づきをありがとうございます!
kochanpapaさん。コメントありがとうございます!
「このままじゃいけない」と感じながらも、日々の生活に追われたり、周囲と話し合う機会が少なかったりする…とても共感いたします。私自身、決して強いわけではなく、すぐに忘れてしまったり、流されやすいところがあったりするので、こうして書くことで自分を奮い立たせ、喝を入れている部分が大きいです。だからこそ、こうして共感していただけたり、「私も発信していきたい」と思っていただけることが、本当に嬉しく、励みになります。
一人ひとりの声は小さくても、それがつながっていけば、きっと少しずつ変わっていくはずですよね。
いつもお読みいただきありがとうございます。